AIが仕事を実行するとき、価値はどこに残るのか——ServiceNowが年次報告書に書いた強みと脆さ

はじめに:好決算でも株価が下がった会社

2026年1月29日、企業向けソフトウェアのServiceNowの株価は約10%下落した。前日に発表した四半期決算は、市場予想を上回っていた。報道はこの下落を、AIが既存のソフトウェアの事業モデルを覆すのではないかという懸念と結びつけた。AIが人に代わって業務をこなすようになれば、人が画面を操作するためのソフトウェアは要らなくなる、という筋書きである。

本稿はこの筋書きの当否を判定するものではない。代わりに、少し手前の問いを立てる。AIが答えるだけでなく業務を実行するようになったとき、企業の競争力はどこに生まれるのか。

ServiceNowの公表資料を追うと、ひとつの答えが見えてくる。競争力は「賢い答えを出すこと」から、「誰が何を実行してよいかを決め、記録し、必要なら止められること」へ移りつつある。言い換えれば、価値が残るのはAIに何をさせてよいかを決める場所である。ただし、その場所を最終的に誰が握るのかは、まだ決まっていない。そして同社自身が、そのことを年次報告書に書いている。

1. どんな会社か:業務フローの基盤から「AIの司令塔」へ

ServiceNowは、企業の社内業務の流れを管理するソフトウェアを提供している。IT部門の障害対応や問い合わせ対応から始まり、人事、カスタマーサービス、セキュリティ、リスク管理へと対象を広げてきた。社員の依頼を受け付け、承認者に回し、担当者を割り当て、期限を管理し、結果を記録する。こうした手順を、部門をまたいで一つの基盤の上で動かすのが同社の事業の骨格である。

同社が自らをどう説明しているかは、この2年で大きく変わった。決算発表の冒頭に置かれる自己紹介は、2024年4月までは「デジタル・ワークフローの会社」だった。2024年7月からは「ビジネス変革のためのAIプラットフォーム」になり、2026年1月からは「ビジネス再創造のためのAIの司令塔(AI control tower)」になっている。

法定開示も同じ方向に動いている。2026年4〜6月期の四半期報告書(10-Q)では、事業説明の冒頭が「組織がAIを統治し、保護し、管理することを支援する」となり、「業務フローのデジタル化」は2番目に置かれた。

AIの数字も示されている。同社は2026年4〜6月期に、AI関連の年間契約額が10億ドルを超えたと発表した。2030年までに年間契約額の30%をAIから得るという長期目標も掲げている。ただし、この「AIの年間契約額」に何が含まれるのかの定義は、公表資料には見当たらない。法定開示の主要指標にも、AI専用の項目は置かれていない。

2. 同じ年次報告書に書かれた、強みと脆さ

本稿の出発点は、2026年1月に提出された2025年度の年次報告書(10-K)である。前年までの年次報告書になかった段落が、二つの場所に新しく書き加えられている。

一つは事業の説明の部分で、AIの限界について次のように書いている。

AIモデルは、パターンを見つけ、推奨を示し、洞察を引き出すことはできる。しかし、取引を独力で実行すること、承認を回すこと、記録システムを更新すること、業務ルールや規制要件の遵守を支えることはできない。

続けて同社は、情報が生成された「後に起きること」を方向づけ、管理し、統制する能力こそが、企業がAIを導入するときに求める価値の大部分を占める、と述べる。そして、企業に必要なのは既存の業務フローを置き換える仕組みではなく、それと統合する仕組みだとしている。

もう一つはリスク要因の部分である。同じ報告書には、次の趣旨の記述が新しく入った。

当社の基盤と連携している製品の提供企業は、特定の連携やデータへのアクセスを遮断し、制限し、または料金を課すことによって、当社と競争しようとする可能性がある。クラウド型の事業者やAIネイティブの事業者が、当社の製品と競合する業務アプリケーションやAIによる自動化の仕組みをさらに構築する可能性もある。

前者は、次のような主張である。AIがどれだけ賢くなっても、実際に仕事をするときには、権限を確かめ、承認を回し、記録を残し、問題があれば止める、という仕組みを通らなければならない。そして、AIが実際に仕事をする段階では、この仕組みにも大きな価値が生まれる。冒頭で「AIに何をさせてよいかを決める場所」と呼んだのは、この仕組みのことである。後者は、「その仕組みに至る接続は他社に握られうるし、同じ仕組みを別の事業者が作りうる」という認識である。

同じ文書のなかに、自社の強みの根拠と、その強みが崩れうる経路が、同じ年に並んで書き加えられた。開示を読む立場から見ると、これは会社が自らの競争力の所在をどこに置いたかを示す、かなり率直な記述である。

3. AIは、人間のために作られた権限の上で動く

では、AIに何をさせてよいかは、実際にはどのように決まっているのか。同社の製品設計を見ると、AIエージェントは新しい仕組みの上で動いているのではなく、人間の社員のために作られてきた権限の体系の上で動いていることがわかる。

同社の社員がユーザーコミュニティで解説している設定方法によると、AIエージェントを動かすとき、企業は二つの選択肢から選ぶ。一つは、エージェントを呼び出した社員の権限をそのまま引き継がせる方法で、これが初期設定になっている。この場合、エージェントはその社員が見られない記録を見ることも、実行できない処理を実行することもできない。もう一つは、エージェント専用のアカウントを用意し、必要な権限だけを与える方法である。社員から引き継ぐ権限を一部に限定することもできる。重要な操作については、人間の確認を経てから実行させることもできる。

つまり、AIエージェントが何をしてよいかは、AIの性能ではなく、企業がこれまで社員に対して決めてきた「誰が何にアクセスし、何を承認できるか」という取り決めによって決まる。AIは既存の業務システムを置き換えるのではなく、その権限の体系を借りて動いている。

同社の最近の買収も、この層に向かっている。2026年3月には、約12億ドルでVezaを買収した。四半期報告書は、買収の目的を、組織が重要なデータ、アプリケーション、システム、AIに対して「誰が、そして何がアクセスできるか」を把握し統制できるようにすることだと説明している。ここでの「何が」には、人間ではないAIエージェントが含まれる。その前の2025年12月には、社員の依頼を受け付ける入口となる対話型エージェントと社内検索の技術を持つMoveworksの買収を完了している。

入口で依頼を受け、権限を確かめ、承認を回し、実行し、記録する。同社が手を伸ばしているのは、この一連の流れの全体である。

4. 囲い込むのではなく、通り道になる

ここまでなら、既存の業務ソフトウェア企業が自社の領域を守ろうとしている、という話に見える。しかし同社が2026年5月に発表した仕組みは、その見方とは逆の方向を向いている。

同社は「Action Fabric」と呼ぶ仕組みで、自社の業務基盤を、社外のAIエージェントにも開放した。発表文は、対象を「ServiceNow上で作られたものであれ、Claude、Copilot、あるいは顧客が自ら開発したエージェントであれ、あらゆるAIエージェント」としている。社外のエージェントは、AIと外部のツールをつなぐ公開の接続規格(MCP)を通じて、顧客が同社の基盤上に作り込んできた業務フロー、承認の経路、業務ルールを呼び出せる。例として挙げられているのは、社員がチャットのなかでAIに頼んだパスワードの再設定や、新しい役割に必要な権限の申請が、同社の承認経路を通って処理される流れである。

同じ日には、Microsoftとの提携拡大も発表した。Microsoftが提供するAIエージェント群にも、同社の統制の仕組みを広げるという内容である。

発表文で同社は、接続規格そのものは公開されたもので、多くの企業向けソフトウェア事業者が対応していることを認めている。そのうえで、差は「データを読み書きできること」ではなく、「統制された業務を実行できること」にあると述べる。社外のエージェントによる操作も、すべて同社の統制の仕組みを通り、本人確認と権限の範囲の確認を経て、監査可能な記録として残る、という説明である。

AIエージェントの入口を自社で囲い込むのではなく、どのエージェントから来た依頼であっても、実行する前に必ず通る場所になろうとしている。前章で見た「権限の体系を借りて動く」という構造を、自社の外にまで広げた形である。

ここに同社の競争戦略がよく表れている。同社が狙っているのは、一番賢いAIになることではない。どのAIを使っても、仕事を実行するときには必ず通る場所になることである。どのAIが選ばれても、そのAIが企業のなかで仕事をするたびに同社の仕組みを通るのであれば、AIの性能競争の勝敗とは別のところに事業の足場を置くことができる。公表資料から読み取れる同社の構想は、そういう形をしている。

5. その場所は、まだ誰のものとも決まっていない

ただし、ここから「ServiceNowがこの場所を押さえる」と結論することはできない。AIに何をさせてよいかを決める場所が重要になるとしても、それを一社が独占できるとは限らない。

まず、モデル企業も同じ方向へ進み始めている。OpenAIは企業向けのエージェント製品「Presence」を発表し、その発表文で、AIを本番の業務に使うには「モデル以上のものが必要だ」と書いた。エージェントに何をさせてよいか、いつ承認が要るか、いつ人に引き継ぐかを企業が決める設計で、対象業務の例には社員のIT関連の依頼への対応も挙がっている。

また、同社が社外のエージェントを呼び込むために使う公開の接続規格は、顧客が別の基盤へ乗り換える手間を減らす方向にも働きうる。そして、同社自身が年次報告書のリスク要因に、連携先による接続の遮断や課金、AIネイティブの事業者や顧客の自社開発との競合を書いている。

変化の方向ははっきりしているが、その場所の持ち主はまだ決まっていない。AIエージェントは既存の権限の上に積み重なる形で広がっている。しかし、その一番上を、既存のソフトウェア企業が取るのか、モデル企業が取るのか、顧客自身が取るのかは、決着していない。

6. AIに仕事を任せるとき、何を確かめるべきか

この観察は、AIを導入する側の企業にとっても意味を持つ。Deloitteの2026年の調査では、2年以内にエージェント型AIの導入を計画する企業が4分の3近くにのぼる一方で、エージェントを統治する成熟した仕組みを持つ企業は21%にとどまった。導入は進んでいるが、AIに何をさせてよいかを決める仕組みの整備は追いついていない。

AIに業務を任せる企業にとって、問うべきことは「どのAIが最も賢いか」だけではない。少なくとも次の三つを確かめる必要がある。

  • AIエージェントは、誰の権限で動くのか。社員の権限を引き継ぐのか、専用の権限を持つのか
  • AIエージェントが実行したことは、どこに、誰が確認できる形で記録されるのか
  • 問題が起きたとき、誰が、どこで止められるのか

これらの答えがある場所に、AIに仕事を任せるときの責任が集まる。そして、責任が集まる場所に、企業が長く対価を払い続ける理由が生まれる。ServiceNowの開示が示しているのは、同社がその場所に事業の重心を移そうとしていることである。

おわりに:価値は、AIに何をさせてよいかを決める場所に残る

AIがより賢くなれば、それを提供する企業の価値も高まる、と考えたくなる。しかし、AIが業務を実行する段階に入ると、価値の一部は別の場所に移る。

タイトルの問いに答えるなら、AIが仕事を実行する時代に価値が残るのは、AIそのものだけではなく、AIに何をさせてよいかを決める場所である。誰の権限で動かし、何を記録し、どこで止めるか。この役割は、AIの性能とは別のところにある。

ServiceNowは、その場所に賭けた。そして同じ年次報告書のなかで、その場所が他社に取られうることも書いた。その場所を最終的に誰が握るのかは、まだわからない。ただ、それを見極めるために見るべきものははっきりしている。各社のAIが「何ができるか」ではなく、「何をさせてよいかを、誰がどう決められるようにしているか」である。

Disclaimer

本稿は、同社の公表資料および公開報道にもとづく独立した分析であり、特定の組織の公式見解ではありません。

本稿は特定の証券の売買を推奨するものではなく、投資助言・投資勧誘ではありません。 将来の株価、企業価値の割高・割安、投資判断に関する見解を示すものではありません。本稿で触れた過去の株価の動きは報道された事実の紹介であり、その原因を断定するものではありません。

本稿の記述は、決算発表資料、SECへの提出書類、同社のプレスリリースおよび公開ドキュメント、ならびに公開報道の範囲に限られます。内部情報には一切依拠していません。

筆者は JAPAN AI 株式会社および株式会社ジーニーに所属しますが、本稿は Alpha Beyond Frontier における筆者個人の独立した分析であり、所属各社の公式見解を示すものではありません。本稿は特定の企業の優劣を論じるものではありません。

記載した数値および事実は、各出典の公表時点のものです。

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