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  • AI時代にVCのパワーローは弱まるのか——作業の民主化とリターンの再集中

    AI時代にVCのパワーローは弱まるのか——作業の民主化とリターンの再集中

    AIはVCのパワーローを弱めるのか——作業の民主化とリターンの再集中

    はじめに:VCは平均で語れない

    「AIがVCを変える」という議論は多い。だが、その多くは「どの業務がAIに置き換わるか」という問いに留まっている。ソーシングが速くなる、デューデリジェンス(DD)が効率化する、投資メモが自動で書ける——たしかにそうだろう。

    しかし、この問いの立て方は、VCという産業の本質を一つ見落としている。VCは、平均では語れない産業だ。リターンの大半は、ごく一部の投資先、ごく一部のファンド、ごく一部のヴィンテージ(投資年次)から生まれる。中央値のVCファンドの成績を見ても、この産業で何が起きているかはほとんど分からない。少数の極端な勝者がすべてを決める——いわゆるパワーローの構造である。

    だとすれば、AI×VCで本当に問うべきは「どの業務がAI化されるか」ではない。AIは、この極端なパワーロー構造を緩めるのか、それとも強めるのか。これが本稿の問いである。

    先に方向性だけ述べておく。本稿の見立てはこうだ——AIはVCの「作業」を民主化するが、「リターン」を民主化するとは限らない。情報処理のコストが下がるほど、最後に差をつけるのは情報処理そのものではなくなる。アクセス、創業者から選ばれる力、独自データの蓄積、LPから資本を預かる信用——こうしたより希少なものに価値が移り、結果としてパワーローは弱まるどころか、むしろ強まりうる。これは確定した未来ではなく、構造から導かれる一つの仮説である。

    1. パワーローは3つのレベルで働いている

    VCのパワーローは単一の現象ではない。少なくとも3つのレベルで、それぞれ別のデータが同じ構造を示している。

    第一に、投資先(企業)のレベル。少数のホームラン企業がファンド全体のリターンを決める。Commonfund(CF Private Equity)は、35年分のVC投資データベースを分析し、各ヴィンテージの投資期間で平均して上位15の投資先企業が総価値の約38%を生み出し、その15社は投資元本ベースでは全体の1〜2%未満に過ぎなかったと整理している。価値の3分の1強が、コストの1〜2%から生まれる。ここで言う「上位15」はファンドや運用会社ではなく、あくまで個別の投資先企業である点に注意したい。

    同じ方向の観察は AngelList の分析にもある。シード/アーリーステージのリターンは極端に裾の重いパワーロー分布を示し、シミュレーション上は、市場全体に広く分散する(インデックス的な)投資戦略が、おおよそ4分の3のアーリーステージVCマネージャーを上回りうるという。言い換えれば、市場平均を超えるにはトップクオータイル(上位25%)に入る必要がある。ただしこれはシード段階に限定された、シミュレーションを含む結果であり、後期ステージでは同じ優位は成立しない点は補足しておく。したがって、AIが投資先レベルのパワーローを変えるには、単に多くの会社を見つけるだけでなく、この上位数社に早く、深く、かつ実際に投資できる必要がある。

    第二に、ファンドのレベル。投資先だけでなく、ファンドどうしの間にもパワーローがある。Carta が2025年末時点で集計した2019年ヴィンテージのVCファンドの成績(TVPI)を見ると、分布ははっきりと右に裾を引いている——90パーセンタイルが3.01倍、75パーセンタイルが1.9倍、中央値が1.33倍、25パーセンタイルが1.02倍。注目すべきは、上位25%から上位10%へ駆け上がる際の伸び(1.9→3.01倍)が、中央値から上位25%への伸び(1.33→1.9倍)よりはるかに大きいことだ。差は上に行くほど開く。なお TVPI は未実現の評価額を含む倍率であり、実際に分配された確定リターン(DPI)とは異なる。Carta 上で追跡されるファンド群に基づく数字である点も併せて踏まえたい。AIがファンドレベルの格差を縮めるには、中央値ファンドの作業効率を上げるだけでは足りず、トップデシル(上位10%)に入る確率そのものを変えなければならない。

    第三に、ヴィンテージのレベル。いつ投資したか——その年次そのものにもリターンは偏る。StepStone は2000〜2022年の1,000本超のVCファンドを分析し、リターンの80%が、計23のヴィンテージのうちわずか5〜7(全体の約22〜30%)から生まれていたと報告している。これは個別ファンドの優劣とは別の軸で、「良い時期に資本が入っていたか」がリターンを大きく左右することを示す。なお、ここでの「リターン」は一般的なIRRやTVPIそのものではなく、各ヴィンテージの寄与度を全体に対して測った独自指標に基づく。AIがヴィンテージの偏りを乗り越えるには、市場が冷えた年次にも勝てる案件を選び抜く——タイミングの不利を銘柄選択で覆す——力が要る。

    投資先、ファンド、ヴィンテージ。レベルは違っても、現れているのは同じ一つの構造だ——少数が大半を生む。VCのAI化を考えるとは、この3層構造に対してAIが何をするのかを考えることに他ならない。

    図1: VCのパワーローは投資先・ファンド・ヴィンテージの3つのレベルで働く。投資先レベルでは上位15社が総価値の約38%(投資元本では全体の1〜2%未満、Commonfund)、ファンドレベルでは2019年ヴィンテージのTVPIが中央値1.33倍に対し上位10%は3.01倍と上に行くほど差が開き(Carta)、ヴィンテージレベルではリターンの80%が23年のうちわずか5〜7年から生まれる(StepStone)。レベルは違っても「少数が大半を生む」という同じ構造が現れる

    2. AIが民主化するもの——「作業」

    まず、AIが明確に効く領域を確認しておく。VCの業務をファンド組成からExitまで分解すると、その多くは定量的・構造化されたデータを扱う「作業」である。

    ソーシングにおける候補企業の網羅的な発掘とスクリーニング。DDの初期段階での市場規模の推計、競合マッピング、財務指標の整理。投資メモの草稿作成。LP向けレポートの作成。投資先KPIのモニタリング。これらはいずれも、情報を収集し、整理し、要約する作業であり、まさにLLM(大規模言語モデル)が得意とする領域だ。

    ここで起きているのは、明確な民主化である。かつては相応のアナリストチームを抱えなければできなかった市場調査や競合分析、投資メモ作成、LP資料の整備を、小規模なVCでも一定の品質でこなせるようになる。情報処理のコストが下がり、参入のハードルが下がる。「作業」の水準で見れば、AIはVCをよりフラットにする。

    だが、ここで立ち止まる必要がある。VCのリターンを決めているのは、作業の質だろうか。

    3. AIが民主化しないもの——「リターンの源泉」

    VCのリターンを決めるのは、良い分析だけではない。分析は必要条件だが、十分条件ではない。最後にリターンを分けるのは、極端な外れ値(ホームラン企業)にアクセスでき、そこに投資でき、保有し続けられるかである。そして、ここに関わる能力の多くは、AIで民主化されにくい。

    決定的なのは、「見つけること」と「投資できること」は違うという点だ。AIによってソーシングが改善し、見落とされていた有望企業を早く発見できるようになる。だが、本当に良い会社ほど、AIで発見可能なシグナルが出た瞬間に、他のVCからも発見されやすくなる。情報が行き渡れば、それはもはや差別化要因ではない。残るのは、創業者との関係、ブランド、意思決定の速さ、提示できる条件、そして投資後の支援能力——こうした、情報処理の外側にある要素だ。

    具体的には、トップ創業者へのアクセス、人気ラウンドで投資枠を確保する力、創業者から「この投資家に入ってほしい」と選ばれる信頼、次のラウンドを牽引できるフォローオン能力、次ラウンド投資家や買い手・上場市場への接続、そしてLPから長期の資本を預かり続ける信用。これらはAIで一夜にして獲得できるものではない。

    「独自データを持てば防波堤になるのではないか」という反論はある。EQT は2016年から自社のAI/データ組織「Motherbrain」を運営し、独自データ基盤とエンジニアリング人材を抱えて投資ライフサイクル全体にAIを活用していることを公表している。SignalFire も、約10年かけて構築したプラットフォーム「Beacon」で8,000万社を超える企業を追跡し、市場に出る前の段階でスタートアップや創業者を発掘していると説明する。こうした独自データ基盤は、たしかに一つの優位の源泉だ。重要なのはデータの量そのものよりも、ソーシングから投資、成果、モデル改善へと回るフィードバックループであり、投資後の結果データは各ファンド固有で、外部から再現できない。

    ただし、この防波堤には限界もある。VCの難しさは、候補企業データの数が少ないことではない。むしろ候補データは大量に集められる。問題は、「どの判断が正しかったのか」という正解ラベルが数年から十数年遅れて現れ、しかも真のアウトカム(ファンドを返すほどのリターンを生んだ事例)が極端に少ないことにある。この本質的なSmall-N(少数事例)の問題ゆえに、最終的な投資判断そのものについて統計的に意味のあるモデルを訓練するのは難しい。独自データが効くのは、大量の候補を絞り込むソーシングやモニタリングの局面であって、最終的な投資判断そのものではない。そして判断に近づくほど、問題はデータの量ではなく、データの解釈と文脈理解に移っていく。

    つまり、AIと独自データが優位をもたらすのは、主に「大規模ファンドどうしが同じ土俵で競う」場面である。そこでは、汎用LLMを使えること自体は急速にコモディティ化し、独自基盤とエンジニアリング組織を持つ側が差を広げやすい。

    図2: AIが民主化する「作業」と、民主化しない「リターンの源泉」の対比。ソーシング・デューデリ・投資メモ/LP報告・投資後の支援・データ基盤の各局面で、情報処理(作業)はAIで民主化されるが、トップ企業へのアクセスや投資枠、創業者を見抜く判断、LPから長期資本を託される信用、次ラウンドや買い手・市場への接続といったリターンの源泉は民主化されにくい。情報処理は民主化され、アクセスと信用はむしろ希少化する

    4. 中位は底上げされ、上位に再集中する——民主化のねじれ

    では、AIは中位・下位のVCを底上げするのか、それとも上位VCをさらに引き離すのか。両方のシナリオがありうる。

    民主化シナリオでは、小規模VCが大手並みのリサーチ力を持ち、セクター特化型VCが専門データで勝ち、新興VCがニッチ領域の外れ値を見つけやすくなる。AIは下位の底上げ装置として働く。

    再集中シナリオでは、トップVCが独自データとブランドをAIでさらに強化し、良い案件は全員に見つかるためアクセス競争が激化し、LPはAIを使ってGP(運用者)の選別を高度化させ、資金がより明確に勝てる上位GPへ集中する。

    足元の兆候:資金調達市場ですでに進む再集中

    そして、この再集中は、AIを持ち出すまでもなく足元ですでに進んでいる。2026年に入り、上位GPはかつてない規模の資金をLPから集めている。アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は1月に複数戦略のファンド群で計約150億ドル、Thrive Capital は2月に約100億ドル、Founders Fund は5月に自社最大のグロースファンドで約60億ドルと、上位GPが相次いで巨額の資金を調達した。重要なのは、これがVC全体の資金が膨らむ中での出来事ではないことだ。むしろ逆で、2025年の米VCのファンドレイズ総額は2018年以来の低水準に落ち込み、組成本数はピークだった2021年の3割程度にまで減っている。その縮小する資金プールの中で、2025年前半にはわずか上位12社が調達額の半分超を占めた。お金は細りながら、一部のトップGPに吸い寄せられている。

    ただし、この集中をAIの産物と見るのは早計だ。直接の引き金は、出口(Exit)の停滞でLPへの資金還流が細り、LPがより確実なトップGPに資金を絞り込んでいることにある。AIがこの流れを生んだわけではない。だが、AIはこの流れを増幅しうる。ここに、この記事で最も興味深いねじれがある。AIが「作業」を民主化することで、中位VCの見た目は底上げされる。投資メモもLP向けレポートも、上位と遜色のない水準になる。だが、皆の作業水準が揃うと、LPの側からは逆に差別化が見えにくくなる。表面的な能力で差がつかなくなれば、LPはより確かなもの——過去の実績、トップディールへのアクセス、ブランド、独自データ基盤——を頼りに資本を配分する。底上げされた「それっぽい」中位VCではなく、明確に勝ってきた上位VCへ。民主化が、かえって資金の再集中を促しうるのだ。

    念のため強調しておくと、これは確定した予測ではない。AI×VCの結果が出揃ったデータはまだ存在せず、ここで述べているのは構造から導かれる仮説である。だが、情報格差が縮むほど残る差別化要因がより希少なものに移る、という論理は、パワーローが弱まるよりも強まる方向を示唆している。

    5. 日本のVCへの含意

    この構造は、日本のVCにとって何を意味するか。

    まず確認すべきは、汎用AIで投資メモや市場調査が速くなること自体は、決定的な競争優位ではないということだ。それは遠からず誰もが手にする。日本のVCにとって本当に問われるのは、もっと別の問いである——日本にいながら、どのパワーローにアクセスできるのか

    具体的には、いくつかの接続が鍵になる。グローバルなAI領域の勝者にアクセスできるのか。日本発のディープテックやAIの外れ値を早く見つけられるのか。政府・大学・大企業・海外VCをつなぎ、公開市場に出る前の機会に入れるのか。そして、日本企業を買い手や顧客として動員し、投資先の成長そのものを加速できるのか。

    これらは、本ブログがこれまで扱ってきた論点と地続きである。Exit構造の問題、M&Aにおける買い手能力、政府系VCがどの段階で効くか、海外資本とのギャップ——いずれも「日本のスタートアップに、誰が・どこで・どう資本と機会を届けるか」という同じ問いの別の面だ。AIはこの構造を自動的に解決しない。むしろ、すでに希少なアクセスと信用を持つプレイヤーの優位を、より見えやすくする可能性がある。

    おわりに

    VCのAI化は、しばしば「業務の自動化」として語られる。だが、自動化が進むのは、もともとリターンを決めていなかった「作業」の部分かもしれない。

    AIはVCの作業を民主化する。それは間違いない。問題は、リターンの源泉——外れ値へのアクセス、創業者から選ばれる信頼、長期資本を預かる信用——が、その民主化の外側にあることだ。情報処理が安くなった世界で最後に残る差は、情報そのものではなく、誰がどの機会に入れるか、誰が誰から選ばれるかという、より希少で、より積み上げに時間のかかるものになる。

    だとすれば、AIはVCをフラットにするのではなく、勝てるVCと勝てないVCの差を、より見えやすくするのかもしれない。そして次に問われるのは、AIネイティブVCをどう定義するか、である。それは投資メモを速く書くVCではない。AIによって情報処理を標準化したうえで、人間にしか積み上げにくいアクセス、信用、仮説、そして資本の接続をどこで作るかを再設計するVCである。本稿が示せたのはここまでで、その先の検証は今後の課題である。

    References

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    Introduction

    「AIがVCを変える」という議論は多い。しかし、具体的にVC業務のどの部分がどう変わるのかについては、構造的な整理がほとんどない。

    VC業務は単一の活動ではない。ファンド組成からExitまで、情報構造が大きく異なる複数のフェーズで構成されている。定量データが豊富で自動化の効果が明確なフェーズもあれば、対人判断や暗黙知が中心で構造化になじまないフェーズもある。AIによる変化はこのフェーズごとに非対称であり、全てが等しく変わるわけではない。

    本稿では、VC業務の7フェーズを情報構造の観点から分類し、3つの問いに答える。(1) AIは現時点でどこまで実用的に使われているか、(2) 構造的にAIに置き換わりにくい領域はどこか、なぜか、(3) 5年後に何が変わりうるか。

    VC業務フェーズの全体像

    VC業務は以下の7つのフェーズで構成される。

    1. ファンド組成: 投資戦略の策定、チーム構築
    2. LP募集 / IR: 資金調達、投資家対応
    3. ソーシング: 投資候補の発掘・スクリーニング
    4. デューデリジェンス: 投資候補の精査・分析
    5. 投資委員会(IC): 投資判断の最終意思決定
    6. バリューアップ: 投資先の成長支援
    7. Exit: IPO・M&A等による投資回収

    これらのフェーズは、情報構造の観点から2つの軸で整理できる。

    第一の軸は、情報の性質である。ソーシングやDDの初期段階では、市場データ・競合情報・財務指標など定量的・構造化されたデータが中心になる。一方、ICや創業者評価では、対面でしか得られない定性的・非構造化の情報が判断を左右する。

    第二の軸は、情報の使われ方である。同じDDでも、市場規模の推計や競合マッピングは「情報収集」であり、その情報をもとに投資するかどうかを決めるのは「判断」である。AIが得意なのは前者であり、後者には構造的な制約がある。

    この2軸の組み合わせが、各フェーズにおけるAI活用の可否を決定する。

    フェーズ 情報の性質 情報の使われ方 AI活用度(現状)
    ファンド組成 定性・関係性中心 判断
    LP募集 / IR 混合 収集+判断
    ソーシング 定量・構造化 収集
    DD 混合 収集→判断 中-高(収集)/ 低(判断)
    IC 定性・暗黙知 判断
    バリューアップ 混合 収集+判断
    Exit 複合 判断 低-中
    VC業務フェーズ別のAI活用度マッピング

    この表が示すパターンは明確である。情報が定量的・構造化されており、かつ「収集」が中心のフェーズではAI活用が進み、情報が定性的で「判断」が中心のフェーズでは進んでいない。

    AI活用が進んでいるフェーズ

    ソーシング——網羅性と速度の問題

    ソーシングの本質は、膨大な企業群のなかから投資候補を効率的に絞り込むことにある。企業データベース、特許情報、採用動向、Webトラフィック、SNSシグナル——いずれも構造化可能な外部データであり、スクリーニングとスコアリングにおけるAIの優位性は明白である。

    EQTが2016年から開発しているMotherbrainは、数千万社規模の企業データを分析し、報道によればEQTの投資の相当割合がこのプラットフォーム起因とされる。SignalFireはチームの約20%をデータサイエンティストやエンジニアが占め、8,000万社以上・6億人以上のデータを追跡するBeaconプラットフォームを運用している。

    ただし、これはソーシングの全てがAIに移行することを意味しない。Gompers et al.(2020)が885名のVCを対象に行った調査では、トップパフォーマーほどネットワーク経由のディールソーシング比率が高い傾向が示されている。AIが網羅性と速度を補完する一方、「まだデータに現れていない」初期ステージの案件はネットワーク経由で発掘されるという構造は変わっていない。AIソーシングとネットワークソーシングは代替ではなく共存の関係にある。

    デューデリジェンス——「収集」と「判断」の分離

    DDでは、市場規模の推計、競合マッピング、財務分析、契約書レビューといった情報収集タスクのAI化が進んでいる。通常のDDサイクルが数週間から数ヶ月を要するなかで、情報収集フェーズの速度は大幅に向上している。

    ただし、Correlation Venturesのように統計モデルを用いて共同投資判断まで行う例も存在する。同社はディール属性を大規模な歴史データベースと照合し、約2週間で投資判断を下す。もっともこれはリード投資家の判断を前提とした補完的な枠組みであり、意思決定の完全な自動化とは性質を異にする。このような試みは存在するものの、現時点では例外的であり、投資判断の中核がモデルに置き換わった事例は限定的である。

    DDにおける「判断」——創業者の動機や誠実さの評価、技術の実現可能性の見極め、「なぜ今この市場なのか」というタイミング判断——は情報収集とは質的に異なる。特にシード〜Series Aでは定量データが乏しく、定性判断の比重が大きい。DDのAI化は「情報を集める速度」を変えるが、「情報を解釈する判断」には手が届いていない。

    ポートフォリオモニタリング——構造化データの自動処理

    KPIの自動集計、異常値検知、レポート生成は、構造化データの処理そのものであり、AIとの親和性が高い。大規模ファンドはこの領域でプラットフォーム化を進めている。a16zは100名以上(ピーク時は150名規模とも言われる)の非投資プロフェッショナルを擁し、ポートフォリオ企業に対する採用・マーケティング・技術支援を組織的に提供した。Insight Partnersは約100人のOnsiteチームで、SaaS企業のGTM・プライシング・プロダクト戦略を支援している。

    これらに共通するパターンがある。情報が構造化されていること、情報収集と判断が分離可能なこと、自動化の効果が明確で測定可能なことである。逆に言えば、この3条件を満たさないフェーズでは、AI活用は構造的に進みにくい。

    大規模ファンド vs 小規模ファンドの格差構造

    AI活用の進展は、VC業界内の格差を拡大させる構造を持つ。

    大規模・レイターステージのファンドは、データ量とエンジニアリングリソースの両面で優位にある。EQT Motherbrainの専任チーム20〜30人、SignalFireのデータ・エンジニアリングチームへの組織的投資は、いずれもファンドサイズに裏付けられた体制である。独自データ基盤の構築は、ファンドサイズが一定以上でなければ経済的に成立しない。

    一方、小規模・アーリーステージのVCにとっての主戦場は、ChatGPTやClaudeなどの汎用LLMツールによる生産性向上である。DD資料の作成、市場調査のたたき台、LP向けレポートの下書き——個々のタスクは加速するが、独自データ基盤との差は埋まらない。

    より急進的なアプローチを取るのが、サンフランシスコのDavidovs Venture Collective(DVC)である。2020年設立の同社は、アナリストを全員解雇し、AIエージェントと170人以上のLP(OpenAI、Google、Meta等のエンジニアや創業者)のネットワークで代替するモデルを採った。AIがディールメモ作成やDD情報収集を自動化し、LPネットワークが案件発掘やポートフォリオ支援を担う。シードファンドで120社以上(Perplexity AI、AIチップのEtched等)に投資した実績をもとに、2025年にSeries A/B向けの7,500万ドルファンドを組成した。注目すべきは、DVCが「アナリストをAIだけで置き換えた」のではなく、アナリストの機能をAI(情報収集・処理)とLPコミュニティ(案件の目利き・創業者支援)に分解した点にある。従来のVC組織が内部に抱えていた機能を、テクノロジーとネットワークに外部化した実験と言える。ただし、新ファンドの投資実績はまだ初期段階にあり、このモデルが長期的にリターンを生むかは未検証である。

    例外はセクター特化型VCである。特定領域のドメイン知識は構造化が比較的容易であり、中規模ファンドでも効果的なAI活用が可能になりうる。ただし、現時点でこれを実証した公開事例は限られている。

    地域間の格差も顕在化しつつある。欧米ではEQTやSignalFireが具体的な成果データを公開し始めているが、日本のVC業界ではAI活用の具体的な公開事例がほぼ存在しない。汎用LLMツールの業務活用は進んでいるとみられるが、独自データ基盤の構築を公表した日本のVCは現時点で確認できない。この非対称は、ファンド規模の格差だけでなく、AI活用を競争優位として公に打ち出す文化の違いも反映している。

    「判断は人間」という前提はどこまで有効か

    従来の前提とその揺らぎ

    Gompers et al.(2020)の調査で投資判断の第1位に挙がったのは「経営チーム」であり、VCは自身の判断プロセスを「パターン認識」に近いと表現した。従来、この暗黙知は「人間にしかできない」領域として位置づけられてきた。

    しかし、この前提は2つの方向から揺らいでいる。

    第一に、人間の定性判断はバイアスから自由ではない。Kahneman(2011)が示したように、人間の直感的判断には確証バイアス、アンカリング、類似性への偏りが構造的に組み込まれている。VCの文脈では、自分と似た経歴の創業者を過大評価する、過去に成功したパターンに固執する、初期の印象に判断が引きずられるといった傾向が指摘されている。「人間の定性判断が優れている」という前提自体が、検証を要する仮説である。

    第二に、AI——特に大規模言語モデル(LLM)やVision-Language Model(VLM)——の能力が、従来「構造化できない」とされた領域に急速に拡張している。ピッチ映像から創業者のコミュニケーションの質や一貫性を分析する、膨大な市場文脈を踏まえて「なぜ今この市場か」を評価する、数千件の過去投資案件との類似性をバイアスなく比較する——これらはトランスフォーマー以前には非現実的だったが、長いコンテキストウィンドウとマルチモーダル処理の組み合わせにより、技術的には射程に入りつつある。

    つまり、「定性判断は人間が得意」という通念は、「人間の判断にもバイアスがある」「AIが文脈を扱えるようになった」という二重の意味で再検討を迫られている。

    それでも人間に残るもの

    では、AIが定性的な判断まで担えるとすれば、VCにおいて何が人間に残るのか。2つある。

    第一は、関係性の起点である。「この人と会って話してみたい」「この創業者と一緒に仕事をしたい」という意思は、分析ではなくコミットメントの表明である。VCと創業者の関係は一方的な評価ではなく双方向の選択であり、その起点となる人間同士の接触はAIに代替できない。ネットワークの価値は「情報の網羅性」ではなく「関係性を起動する力」にある。

    第二は、決めと責任である。選択肢が整理され、分析が完了した後に「これにする」と決断し、その結果に対して責任を負うこと——これは情報処理ではなく、意思と責任の問題である。VCのGPはLPに対して受託者責任(fiduciary duty)を負っており、「AIが推奨した」は責任の所在として成立しない。

    自動運転の議論と構造が似ている。かつて「人間がいないことがリスク」だった運転は、技術の進展により「人間が介在することが最大のリスク」になりつつある。VC業務においても、情報収集だけでなく判断の領域で同様の転換が起きる可能性がある。その場合、人間の役割は「判断すること」から「関係性を起動し、責任を引き受けること」へと変わる。

    5年後の仮説

    VC業務におけるAI活用の時間軸

    現状の延長線上で確度の高い変化と、不確実な変化を区別する必要がある。

    変わること(高確度)。情報収集の自動化はさらに進み、DDの初期フェーズにおける市場分析・競合マッピングの速度と精度は向上する。ポートフォリオモニタリングはリアルタイム化に近づく。汎用LLMの進化により、小規模VCでもレポーティングや初期スクリーニングの効率は上がる。これに加え、LLM/VLMの文脈処理能力の向上により、創業者評価や市場タイミングの判断といった従来「人間の領域」とされた定性判断にもAIが関与する場面は増える。人間のバイアスを補正する道具として、AIが判断プロセスに組み込まれるのは時間の問題だろう。

    変わらないこと(高確度)。創業者との信頼関係の起動、LPとの長期的なパートナーシップの構築——関係性の起点となる人間同士の接触は残る。投資委員会でのGo/No-Go判断やExit決定において、最終的に「これにする」と決断し責任を引き受ける役割も、受託者責任の構造が変わらない限り人間に残る。

    不確実なこと。AIの判断精度が人間を上回る領域がどこまで広がるかは未知数である。仮にAIがバイアスのないチーム評価や市場タイミング判断で人間を凌駕するデータが蓄積されれば、「人間が判断に介在すること自体がリスク」という転換が起きうる。その場合、VCの人間としての価値は「判断の質」ではなく「関係性の起動力」と「意思決定の責任」に収斂する。LPがGPを評価する際に、AI活用度をどの程度重視するかも、現時点では枠組みすら確立されていない。

    Implications

    VCに対して。AIが情報収集だけでなく判断の領域にも浸透するならば、VCの差別化の源泉は「判断の質」から「関係性と責任」にシフトする。創業者が「この人と一緒にやりたい」と思う存在であること、困難な局面で責任を引き受ける覚悟があること——これらはAIでは代替できない。逆に、AIを使わずに判断の精度やスピードで劣後すること自体がリスクになる時代が近づいている。

    LPに対して。GPの評価において、AI活用は「ツールを導入しているか」ではなく、「判断プロセスにおいて人間のバイアスをどう制御しているか」という問いに変わりうる。AIを活用しないGPが、バイアスまみれの判断で投資しているリスクを、LPはいずれ意識するようになるだろう。

    スタートアップに対して。ソーシングのAI化は、「データに現れやすい」企業が早期に発見される一方、「データに現れにくい」初期ステージの企業にとってはVCとの直接的な人間関係がより重要になることを意味する。

    Conclusion

    AIがVC業務において代替するのは、情報収集だけではない。定性判断の領域にもAIの関与は広がりつつあり、「判断は人間の領域」という前提自体が再検討を迫られている。

    人間に残るのは、関係性の起点——「この人と一緒にやりたい」という意思——と、責任の引き受け——「これにする」という決断とその帰結を負うこと——の2つである。自動運転と同じく、VC業務においても「人間が介在しないことがリスク」から「人間が介在することがリスク」への転換が起きうる。

    VC業務におけるAI活用を考える際に必要なのは、「AIがどこまで来たか」ではなく、「人間が不可欠な領域は本当にどこか」を問い直すことである。



    References and Further Reading

    VC意思決定研究

    AI活用VC事例

    • EQT Motherbrain — EQTの独自ML基盤ソーシングプラットフォーム。2016年開発開始、数千万社規模のデータを分析。Henrik Landgrenインタビュー(VentureBeat)
    • SignalFire Beacon — データドリブンVCの独自データプラットフォーム。8,000万社以上・6億人以上を追跡。チームの約20%がデータサイエンティスト/エンジニア
    • Correlation Ventures — 統計モデルによる共同投資判断、約2週間の意思決定ターンアラウンド
    • Davidovs Venture Collective(DVC) — アナリストをAIエージェント+170人超のLPネットワークで代替。シード120社超投資後、$75M Series A/Bファンドを組成(FoundersToday, 2025

    VCプラットフォームモデル

    • Andreessen Horowitz — プラットフォーム型VCの先駆。100名以上(ピーク時は150名規模とも言われる)の非投資プロフェッショナルを擁したが、近年はプラットフォーム組織のスリム化も報じられている
    • Insight Partners Onsite — 約100人のオペレーション支援チーム。GTM、プライシング、プロダクト戦略(Insight Partners公式資料)

    学術研究・書籍


    Disclaimer: 本稿における見解はすべて筆者個人のものであり、所属先を含むいかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報のみに基づいています。