ARRは同じ数字を数えているのか——AI企業の開示を読む

はじめに:同じ「年間100億円」でも、意味は同じではない

ある企業が、AI事業の年間の売上規模を100億円と発表したとする。それは、顧客とすでに結んだ契約の金額なのか。それとも、最近1か月の利用実績を1年分に換算した金額なのか。前者なら、契約内容から見積もった年間の収益規模を示している。後者なら、現在の利用ペースが1年間続いた場合の規模を示している。同じ100億円でも、将来の売上をどこまで見通せるかは異なる。

これは仮の例だが、実際の開示でも同じことが起きている。米国の大手ソフトウェア企業3社は、AI事業の成長をそれぞれ別の数字で説明している。Salesforceは ARR(年間経常収益)、ServiceNowは ACV(年間契約額)、Snowflakeは run-rate(年換算の売上) である。見出しではどれも「AIで年間◯億ドル」と同じように読まれやすいが、数えているものは同じではない。

本稿では、数字の大きさではなく、何を数え、いつ数え、どの事業を含めているかを比べる。先に結論を書く。企業がどの数字で成長を説明するかには、その事業の収益構造が表れる。契約を積み上げて伸びる事業と、利用の拡大で伸びる事業では、同じ年換算の数字でも意味が違う。大事なのは数字の大きさだけでなく、それが将来の売上をどこまで説明できるかである。

1. 3社の数字は、成長の違う段階を捉えている

年換算の数字には、大きく分けて、契約を基準にしたものと、実際の利用を基準にしたものがある。3社の公表資料を、この観点で並べると次のようになる。

企業名SalesforceServiceNowSnowflake
AIの数字AIエージェント・データ製品のARRAI製品のACVAIの売上のrun-rate
公表資料での説明期末時点で締結済みの有効な契約の、年換算した経常的な価値年間契約額(AIに何を含めるかの定義は見当たらない)利用にもとづく売上の年換算と説明(算定方法は示されていない)
基準契約契約利用
示された場所決算発表(定義あり)決算発表決算説明会での経営者の発言

契約を基準にした数字は、契約から見込まれる収益の規模を示す。ただし、契約が増えても、実際に使われるとは限らない。利用を基準にした数字は、いま実際に使われている勢いを示す。ただし、利用が増えても、それが長く続くとは限らない。

AIの導入では、この差が大きくなりやすい。試験的な利用、本格的な導入、利用の拡大が、それぞれ違う時期に起きるからである。契約の数字は導入の決定を早く映し、利用の数字は現場での定着や拡大を映す。どちらを見ているかによって、同じ「前年比2倍」でも意味が変わる。ただし、各社の正式な定義がこうした段階のどこを捉えているかは、定義の文面から読み取れる範囲でしか言えない。

では、なぜ会社によって数字が違うのか。少なくとも一つの理由は、収益の立ち方の違いである。Snowflakeは年次報告書(10-K)で、売上は契約の金額や期間ではなく顧客の利用量にもとづいて認識され、利用量は顧客の判断で変動するため、製品売上を重要な指標にしている、と理由を書いている。契約の時点で収益の大きさがほぼ決まる会社と、使われて初めて決まる会社とでは、実態をよく表す数字が違う。ARRを出していないことは、開示に消極的だという意味ではない。もちろん、指標の選び方には経営判断や過去からの経緯も関わるので、収益モデルだけで決まるわけではない。

もう一つ見えるのは、会社全体の業績を示す数字と、AIという成長事業を示す数字は、必ずしも同じではないことだ。3社とも、10-Kには会社全体のARRを載せていない。全社の業績は会計基準にもとづく売上などで示し、AI事業についてだけ、年換算の数字を決算発表や説明会で示している。新製品の範囲が四半期ごとに動く以上、ある程度は自然なことでもある。各社がこれらの数字を出してきた経緯は、個別の記事で扱った(Salesforce、Snowflake、ServiceNow)。

2. ARRには、共通の定義がない

違いが生まれる出発点は、ARRが会計基準で定義された数字ではないことにある。

米国の会計基準にも、SEC(米証券取引委員会)の規則にも、ARRの定義はない。SECは2020年に、業績の説明に使う指標についての解釈を示したが、求めたのは、定義と計算方法を明記すること、投資家に役立つ理由と経営での使い方を説明すること、計算方法を変えたらその影響を示すことである。中身は企業に任されている。

そのため、ARRの計算方法は会社によって分かれる。代表的なものは次の4つである。

  • 契約の年額: 期末時点で有効な契約の年額。満了する契約は同じ条件で更新されると仮定する(最も多い型)
  • 月次の売上×12: その月の売上を12倍する
  • 直近四半期の売上×4: 会計上の売上をそのまま年換算する
  • 契約分+利用の年換算: 契約分に、直近の利用を年換算した額を足す

同じ型の中でも、細部が違う。とくに利用量に応じた売上の扱いは、会社によって正反対になりうる。Datadogは月次の売上に従量分を含めて年換算し、Dynatraceは契約を超えた利用分をARRから除くと明記している。

示唆的なのが、Datadogの上場審査でのやり取りである。2019年、SECは同社に、ある月の従量分をなぜ「経常的(recurring)」と言えるのかを問い、さらに「ARRを、Annual Recurring Revenue(年間経常収益)とAnnualized Revenue Run-rate(年換算売上)の両方の意味で使っている」と指摘した。同社は、従量分は顧客のシステムが動き続けるかぎり毎月発生し、月次の売上を年換算した額はこれまで会計上の売上とほぼ一致してきた、と説明した。そのうえで、ARRの定義から「経常的」という考え方を外した。いまの10-Kでも、同社のARRは「年換算売上」と定義され、従量分を含んでいる。

ARRという同じ3文字が、会社によって違う言葉の略になっている。SECはその使用を禁じたのではない。何を年換算しているのか、なぜそれが妥当なのかの説明を求めたのである。

3. AI企業の成長を、どこまで読み取れるか

同じ会社の中で定義が変わらなければ、ARRの推移はその会社の勢いを見るのに役立つ。他社との比較は、計算方法と細部がそろう範囲でしかできない。定義の違いで数字がどれだけずれるかは、内部データがなければ外から測れない。

そのうえで、AI製品の課金は見え方をさらに複雑にする。処理量や使ったクレジットに応じた部分が含まれることが多いからだ。ただし、すべてが従量に移るわけではない。最低利用額を契約で約束し、超えた分を従量で払う方式のように、契約と利用を組み合わせる形も多い。

第1節で見たとおり、契約の数字は利用を示さず、利用の数字は継続を保証しない。契約と利用を組み合わせる方式では、どちらか一方の数字だけでは全体を捉えられない。利用量に応じて収益が変動するモデルでは、契約額だけでは成長を捉えきれないのである。翌月以降も同じだけ使われるのかというDatadogへのSECの問いも、この点に向けられていた。

自社にはARRが合わないと明言する会社もある。C3.aiは10-Kのリスク要因で、少数の大口契約に依存しているため、契約が1件増減するだけでARRなどの指標が大きく振れ、将来の売上の予測には使いにくいと書いている。どの数字が実態をよく表すかは、事業モデルによって違う。

4. 決算資料を読むときに確かめたい3つの問い

まず、その数字が契約・請求・会計上の売上・利用実績のどれを基準にし、どの事業を含めているかを確かめる。そのうえで、次の3つを問いたい。

  1. その数字は、将来の売上をどこまで説明するのか。契約額は、その年に売上として計上される額と同じではない。利用実績の年換算は、今後も同じだけ使われることを保証しない
  2. 数字が増えた理由は何か。新しい契約、既存顧客の利用拡大、値上げ、対象製品の追加では、同じ増加でも意味が違う
  3. 翌年も同じ定義で比べられるか。Nutanixは2026年度にARRの計算方法を変え、過去の期間も計算し直した。Salesforceは、AIのARRに含める製品の範囲を広げた。対象が変われば、表面上の成長率だけでは事業の変化を読み違えうる

あわせて、その数字が年次報告書、決算発表、経営者の発言、報道のどこで示されたものかも確認したい。指標の定義や計算方法がどこまで説明されているかによって、外部から検証できる範囲は異なる。

おわりに:数字の選び方に、収益の立ち方が表れる

ARRは便利な指標だが、共通の会計基準で定義された数字ではない。同じ名前でも、契約を数える会社があり、利用を数える会社があり、略語が指す言葉さえ違うことがある。

だから、数字の名前と大きさだけでは企業の成長は比べられない。しかし、何を数え、いつ数え、どの事業を含めているかを確かめれば、その違い自体が、企業がどのように収益を生み出しているかを教えてくれ、その成長の持続性を考える手がかりにもなる。


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本稿は、各社の公表資料および公開報道にもとづく独立した分析であり、特定の組織の公式見解ではありません。

本稿は特定の証券の売買を推奨するものではなく、投資助言・投資勧誘ではありません。 将来の株価、企業価値の割高・割安、投資判断に関する見解を示すものではありません。本稿は各社が開示する指標の定義と計算方法を比較するものであり、各社の事業や製品の優劣を評価するものではありません。

本稿の記述は、SECへの提出書類、決算発表資料、決算説明会の公開記録、ならびに公開報道の範囲に限られます。内部情報には一切依拠していません。

筆者は JAPAN AI 株式会社および株式会社ジーニーに所属しますが、本稿は Alpha Beyond Frontier における筆者個人の独立した分析であり、所属各社の公式見解を示すものではありません。

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