月: 2026年3月

  • ディープテック投資はなぜ既存のVCモデルと合わないのか

    ディープテック投資はなぜ既存のVCモデルと合わないのか

    Introduction

    ディープテック投資には、ひとつの逆説がある。

    BCGが2023年にPreqinのデータを用いて行った分析(An Investor’s Guide to Deep Tech、従来テック911ファンド vs ディープテック特化164ファンド)によれば、ディープテック特化VCファンドの非加重平均IRRは約25%であり、従来テックファンドの約26%とほぼ同等である。Exit構成も企業買収(従来テック53% vs ディープテック51%)、IPO(36% vs 31%)と大きな差はない。リターンの水準だけを見れば、ディープテックは十分に魅力的な投資対象である。

    にもかかわらず、ディープテック投資がVCにとって構造的に難しいのは、同じリターンを得るのに必要な時間が長いからである。同じBCGの分析は、ディープテック企業がシードからSeries Dまでの各ラウンド間で、従来テック企業より25〜40%長い時間を要することを示している。シードからSeries Dまでの累積では約95ヶ月に対し、従来テックは約75ヶ月である。

    本稿の中心的な主張はこうである。ディープテック投資の難しさは技術リスクではなく、VCのファンド構造が前提とする時間軸と、ディープテック投資が必要とする時間軸の構造的不適合にある——しかもリターン自体は見劣りしない。

    前稿ではCVCの構造的課題を分析し、CVCが長期時間軸での投資に強みを持ちうることを指摘した。本稿ではその対極——独立VCの時間軸制約——を正面から分析する。

    ソフトウェアとディープテック: 時間の構造が違う

    議論の前提として、ソフトウェア/SaaS型スタートアップとディープテック企業の時間軸を対比する。

    項目ソフトウェア / SaaSディープテック
    技術実証 / PMF1〜2年3〜7年
    Seed → Series D約75ヶ月(BCG 2023)約95ヶ月(BCG 2023)
    Exit までの期間中央値 5〜9年中央値 9年超、セクターにより10〜20年
    主なリスク市場リスク、実行リスク技術リスク、スケールリスク、規制リスク
    各ステージの失敗率Seed→A: ~90%, A→B: ~70%Seed→A: ~95%, A→B: ~80%(BCG 2023)
    プロダクトの性質ソフトウェア80%超が物理プロダクト(BCG 2023)
    IRR(非加重平均)約26%(従来テックVC)約25%(ディープテック特化VC)

    注目すべきは最終行である。IRRが約25% vs 約26%——リターンの水準に有意な差はない。しかし表の上半分を見れば、そのリターンに到達するまでの時間と、途中の失敗確率には明確な差がある。

    問題はリターンではなく、そのリターンに到達するまでの時間である。この逆説が、以降の議論の出発点になる。

    ディープテックとは、科学的発見・工学的ブレークスルーに基づく技術で、商用化に長期の研究開発を要するものを指す。量子コンピューティング、核融合、合成バイオロジー、先端素材、クリーンエネルギーなどが典型例である。セクター別の時間軸を見ると、その長さが具体的にわかる。

    • 医薬品: 発見から承認まで平均10〜12年。Phase I(2.3年)→ Phase II(3.6年)→ Phase III(3.3年)→ 承認審査(1.3年)。疾患領域によって9.2〜12.2年の幅がある(PMC査読論文)
    • エネルギー技術: インキュベーションから製造段階まで8〜10年(IEA / Frontiers in Energy Research, 2022)。商用スケールのプラント建設にはさらに時間がかかる
    • 先端素材: 初期の材料発見から最初の商用化まで10〜20年、本格的な生産規模の確立にはさらに5〜10年(DOE / National Academies)

    これらのタイムラインには、研究開発だけでなく、規制承認、サプライチェーン構築、インフラ整備が含まれる。技術が「動く」ことの証明と「商用化できる」ことの証明は、別の時間スケールの問題である。

    VCモデルの時間設計: なぜ10年なのか

    VCのファンド構造は、LPへのリターンを一定の期間内に実現するために設計されている。この構造を時間軸の観点から整理する。

    10年ファンドの内部構造

    VCファンドはLP(資金の出し手)とGP(運営者)で構成される。標準的なファンド期間は10年。前半の3〜5年が投資期間、後半がハーベスト期間(Exit・分配)にあたる。多くのファンドは1〜3年の延長条項を持つが、LP承認を要し無制限ではない。

    ファンドのリターンは「J-curve」パターンをたどる。設立から数年間はマネジメントフィー(通常2%)と未実現損失でNAVがマイナスに沈み、Year 6頃からExitが始まって曲線が上向く。

    IRR最大化と時間の関係

    ここで重要なのは、VCのパフォーマンス指標であるIRRが時間の関数であるということだ。IRRは、同じ倍率(MOIC)のリターンでも、それをより短期間で実現するほど高くなる。10年で3倍のリターンを出すファンドと、20年で3倍のリターンを出すファンドでは、MOICは同じでもIRRは大きく異なる。

    この性質がGPのインセンティブ構造に直結する。GPの主要報酬であるキャリー(成功報酬、通常リターンの20%)はExitが実現して初めて発生する。加えて、GPが次号ファンドを調達する際にはIRRが評価基準になる。つまり、GPにとっては「大きなリターンをゆっくり得る」よりも「そこそこのリターンを早く得る」ほうが合理的な場合がある。

    この構造の下では、時間のかかるディープテック投資はGPにとって二重の不利を生む。リターンまでの時間が長いためIRRが下がり、次号ファンドの調達も難しくなる。優秀なGPほどこのインセンティブを理解しているため、ディープテック投資比率を自主的に制限する合理的な理由がある。

    10年ファンドの現実

    なお、10年という期間は法的な標準であって、実態とは乖離している。Silicon Valley Bankの2025年前半の市場レポート(State of the Markets H1 2025)のデータに基づくUnlisted Intelの分析によれば、トップクォータイルの米国VCファンドが完全にLPへ資本を返還するまでに16〜20年を要するようになっている。PitchBookも2024年Q4のアナリストノートで「10年ファンドの変容する経済性」を正面から分析し、米国ユニコーン企業の約40%が設立9年以上であることを指摘している。10年のファンド期間は、もはやソフトウェア投資であっても十分とは言えなくなりつつある。ディープテックでは、この制約がさらに深刻になる。

    構造的不適合: 何がどこで衝突するか

    以上を踏まえると、VCのファンド構造とディープテック投資の間には、具体的に以下の不適合がある。

    なお、以下に述べる不適合は、VCの構造が「間違っている」ことを意味しない。VCの10年ファンド、IRRベースの評価、キャリーによるインセンティブ設計は、いずれもLPへの受託者責任を果たすための合理的な仕組みであり、ソフトウェア投資においては効果的に機能してきた。問題は、この合理的な構造がディープテックの時間特性と組み合わさったときに、意図せず不適合を生じさせるという点にある。

    ファンド期間と商用化期間のミスマッチ

    投資期間(前半3〜5年)にディープテック企業に投資した場合、ハーベスト期間(後半5〜7年)内にExitを実現する必要がある。しかし、投資時点でTRL 3〜5——概念実証が済み、実験室での検証が進行中だが、実環境での実証には至っていない段階——にある技術が、5〜7年で量産・商用化(TRL 9)に到達する保証はない。

    NASAが開発したTRL(Technology Readiness Level)のフレームワークで言えば、大学・公的研究機関がTRL 1〜4をカバーし、民間VCはTRL 7以上で関与するのが一般的である。TRL 4〜7のあいだには「Valley of Death」——公的資金にとっては「出口」、民間資本にとっては「早すぎる」段階——が存在する。Branscomb & Auerswald(2002)がNIST向け研究で指摘して以来20年以上、この構造的な資金ギャップは根本的には解消されていない。

    延長条項(+1〜3年)を加えても合計13年程度であり、医薬品開発(10〜15年)やエネルギー技術の商用化には足りない可能性が高い。

    J-curveの深化とGPのインセンティブ問題

    ディープテック企業は研究開発コストが大きく収益化が遅いため、ファンドのJ-curveはソフトウェアVCよりも深く長くなる。LP分配が遅れるとファンド評価が低くなり、GPの次号ファンド調達に直接影響する。前節で論じたIRRと時間の関係がここで具体化する。ディープテックに投資するほど次号ファンドの調達が難しくなるという構造的なインセンティブの逆転が生じうる。

    Exit構造の制約

    ディープテック企業のExit選択肢は構造的に狭い。売上・利益が不安定な段階でのIPOは困難であり(バイオテックは例外的に整備されている)、M&Aの買い手は特定産業の大企業に限られる。

    ディープテックExitの件数自体は増加傾向にある。TechCrunch / MFV Partners(2023)のデータでは、2013-2017年の年19件から2018-2022年の年49件へ増加し、ユニコーンExitは550%増加した。しかしソフトウェア領域と比較すると依然として規模は小さい。

    リスクの性質の違い

    ソフトウェアスタートアップのリスクは市場リスク(PMFが見つかるか)と実行リスクであり、1〜3年で判明する。VCのリスク評価フレームワーク——月次トラクション、KPI、マイルストーン——はこの種のリスクに最適化されている。

    ディープテックのリスクは質的に異なる。技術リスク(物理的に実現可能か)、スケールリスク(量産できるか)、規制リスク(承認を得られるか)は長期にわたって解消されない。BCG(2023)のデータでは、ディープテック企業は各ステージで従来テックより高い失敗確率を持つ(Seed→Series A: 約95% vs 約90%、Series A→B: 約80% vs 約70%)。しかも80%超が物理プロダクトを開発しており、エンジニアリングと量産のリスクが加わる。

    GPの専門性と投資可能領域の問題

    時間軸の問題に加えて、ディープテック投資にはもう一つの構造的な制約がある。技術評価の専門性(selection capability)の問題である。

    既存のVCの多くは、ソフトウェア投資に最適化された経験と評価軸を持っている。PMF、ユーザー成長率、MRR/ARR、チャーンレートといった指標は、ソフトウェアスタートアップの進捗を測るために洗練されてきた。しかし、「新しい触媒が工業スケールで機能するか」「この合成経路が量産に耐えるか」といった問いは、これらの指標では評価できない。

    バイオテックは例外的にこの問題を制度化によって乗り越えてきた。PhD保持者やMDを擁するGP、科学アドバイザリーボードの設置、FDA承認プロセスという共通の評価フレームワークの存在——これらにより、バイオテック投資に必要な専門性はVC業界内で蓄積・伝達される仕組みが一定程度構築されている。IPO市場もバイオテックに対応した仕組みを持っている。

    しかし、それ以外のディープテック領域——エネルギー、先端素材、ハードウェア、宇宙——では事情が異なる。これらの領域には3つの特徴がある。第一に、対象技術の範囲が極めて広く、ひとつのファンドが先端素材と核融合の双方を評価する専門性を持つことは現実的には難しい。第二に、評価軸が領域ごとに異なり、ソフトウェアのようにトラクション指標で横断的に比較することができない。第三に、Exitパターンが確立しておらず、投資判断の「成功の型」が業界内で共有されにくい。

    これはVCの「能力不足」ではない。ディープテックの各領域が、それぞれ固有の科学的知見を要求するという構造的な性質に起因している。なぜ専門性の蓄積が構造的に難しいかをもう一段掘ると、バイオテックとの対比が明確になる。バイオテックでは、臨床試験のPhase I→II→IIIという共通のステージ構造があり、業界横断的に「Phase IIデータが良い会社は投資に値する」という評価の文法が共有されている。一方、エネルギー技術の「パイロットプラント成功」と先端素材の「量産プロセス確立」は、名前は似ていても必要な専門知識がまったく異なる。共通の評価文法が存在しないため、ある領域で蓄積した知見が別の領域に転用しにくい。専門性のスケーラビリティが低いのである。

    評価できないものには、資本は配分されにくい。時間軸の問題とは別に、この専門性の壁がディープテック投資の構造的なボトルネックになっている。

    ファンド構造の設計選択肢

    構造的不適合が明らかであるならば、問いは「ディープテックに投資しないこと」ではなく「どのような資本設計であれば適合するか」に移る。以下に主要な選択肢を整理する。いずれも万能ではない。

    時間軸の問題に対するアプローチは、大きく3つに分類できる。

    1. 延ばす——ファンド期間そのものを長くする、あるいは期間の制約を取り除く(長期ファンド、エバーグリーン型)
    2. 入れ替える・つなぐ——ファンド期間を延ばすのではなく、途中で資本の担い手を交代させる(セカンダリー取引、事業会社との接続)
    3. 内製化する——投資対象の創出・育成プロセスを内部化し、時間軸そのものをコントロールする(Venture Creation)

    これらは排他的ではなく、組み合わせによって効果が高まりうる。以下、順に整理する。

    延ばす: 長期ファンド(15-20年)/ エバーグリーン型・パーマネントキャピタル

    最も直接的な対応は、ファンド期間そのものを延ばすことである。

    Breakthrough Energy Ventures(BEV)は20年のファンド期間を設定し、BEV I(約10億ドル)、BEV II(約12.5億ドル)、BEV III(約8.4億ドル)で気候技術に投資している。MIT発のEngine Venturesは18年のファンド期間で「Tough Tech」に投資し、AUM 10億ドル超。他にもFuture Ventures(15年)、Ahren Innovation Capital(最大15年)といった事例がある(BCG, 2021)。

    ただし、長期ファンドには固有の課題がある。BEVのLPはBill Gates、Jeff Bezos、Marc Benioffら推定総資産1,700億ドル規模の超富裕層個人であり、15〜20年の流動性制約を受容できる特殊なLP構成に依存している。機関投資家が主体のLP基盤でこのモデルが成立するかは、まだ見通せない。GP報酬の設計も複雑になる。IRRベースの評価が適用しにくい長期ファンドでは、GPのパフォーマンスをどう測定するかという問題が残る。

    長期ファンドの延長線上に、ファンド期間そのものを設けない構造がある。エバーグリーン型(またはパーマネントキャピタル)は、Exitによるリターンを再投資に回し、継続的に投資・回収を行う。ファンド満期によるExit圧力がないため、ディープテックの長い時間軸に対して構造的な親和性を持つ。

    ただし、エバーグリーン型には固有のガバナンス課題がある。Exit圧力の不在はGPの規律低下につながりうる。ファンド期間という「締め切り」がないぶん、投資判断の先送りや、成果の出にくいポートフォリオの温存が起こりやすい。LPにとっても、資本の回収時期が読めないため流動性の管理が難しくなる。加えて、パフォーマンス評価の基準が標準化されていないため、他のファンドとの比較が困難である。エバーグリーン型は時間軸の制約を解消するが、それと引き換えに規律と透明性の設計が問われる。

    入れ替える・つなぐ: セカンダリーと事業会社の活用

    時間軸の問題に対するもう一つのアプローチは、ファンド期間を延ばすのではなく、途中で資本の担い手を交代させることである。

    セカンダリー取引——既存投資家の持分を別の投資家に移転する取引——は、ファンド満期前に流動性を確保する手段として機能する。ディープテック投資においては、その意義は通常のVC投資以上に大きい。商用化までの期間が長いため、初期投資家がファンド期間内にExitできないリスクが構造的に高い。また、量産化・規制承認の段階で大規模な追加資金が必要になるが、初期のシードVCにはフォローオンの資金力が不足しがちである。セカンダリーを通じて持分が成長ステージに適した投資家に移れば、資本構成がステージに適合する。

    ここで重要な受け皿となりうるのが事業会社である。前稿で分析したように、事業会社(CVC含む)は特定産業における技術理解、量産・サプライチェーンの知見、規制対応の経験を持つ。これらはディープテック企業がTRL 5〜7の「Valley of Death」を越えるうえで不可欠な資源である。資本提携、戦略的出資、共同開発契約、あるいはオフテイク契約(将来の製品購入の確約)といった形で事業会社が関与することで、ディープテック企業はIPO/M&Aを待たずに成長の基盤を得られる。

    セカンダリーと事業会社の接続が連動すれば、シードVCがセカンダリー取引で持分を売却し、事業会社が戦略的出資を通じて新たな株主となる——という流れが成立する。シードVCは流動性を確保し、事業会社はスケール支援に注力し、スタートアップは途切れのない資本と事業支援を受けることができる。ディープテックの商用化に必要な時間そのものは変わらないが、複数の投資家がリレーのように資本を受け渡すことで、各投資家の時間軸制約と企業の成長段階を整合させる構造になる。

    ただし、この構造には両面で課題がある。ディープテック領域のセカンダリーマーケットは未成熟であり、バリュエーションの不透明性、買い手の限定性、取引コストの高さが残る。事業会社の関与にも、前稿で論じた構造的課題——意思決定の遅さ、戦略変更による支援の途絶、目的の二重性——が伴う。セカンダリーと事業会社の組み合わせは有望な選択肢だが、マーケットの厚みと適切な制度設計が前提になる。

    Venture Creation モデル

    上記とは異なるアプローチとして、投資対象そのものを内製化する構造がある。

    Flagship Pioneering(AUM 140億ドル、最新ファンド36億ドル)は、外部のスタートアップに投資するのではなく、社内で年間80〜100の研究仮説を立ち上げ、有望なものをProtoCo → NewCo → GrowthCoとして育成する。累計100社超を創業し、Moderna社もその一つである。

    Flagshipは従来型のLPファンド構造を使っている。差別化の核心は、社内に研究プラットフォーム(VentureLabs)を持ち、会社創業プロセスそのものを内製化している点にある。これにより、外部スタートアップの時間軸に依存せず、自らコントロール可能なタイムラインで技術を育成できる。前節で論じた専門性の問題も、社内に研究者を抱えることで部分的に解消される。ただし、Flagship固有の人材と研究基盤への依存度が高く、再現性の高いモデルとは言い難い。

    政府の役割: 資金の出し手と、最初の顧客

    ディープテック投資における政府の関与には、性質の異なる2つの経路がある。混同されがちだが、VCの時間軸問題に対する作用メカニズムが異なるため、分けて整理する。

    第一の経路: LP出資(資金供給側)

    民間LPが受容しにくい長期性・高リスク性を、公的資本がLP出資を通じて補完するアプローチである。政府はファンドの運営(GP)には関与せず、資金の出し手(LP)として民間VCに資金を供給する。

    欧州ではEIF(欧州投資基金)がETCIを通じて€200億超のモビライズを目指し、KfW Capital(ドイツ)はDeep Tech Future Fundとして最大€10億を民間と同条件(pari passu)で直接投資する。Bpifranceはフランスのシードファンドの34〜43%を占める触媒的役割を果たしている。日本ではJIC(産業革新投資機構)が49のファンドにLP出資を行い、NEDOがディープテック・スタートアップ支援事業(DTSU、総予算930億円、FY2023-2032)を通じてR&Dフェーズを3段階(STS: 実用化研究開発前期、PCA: 実用化研究開発後期、DMP: 量産化実証)で直接支援している。

    公的資本の意義は量だけでなく、「触媒的資本」としてファーストロスを引き受けることで民間LPのリスク許容度を上げる点にある(Tideline, 2019の推計: $1の触媒的資本で$3〜10の民間資本をモビライズ)。ただし、政治的サイクルとの連動や投資効率の評価の難しさは、公的資本に固有の課題である。

    第二の経路: 公共調達(需要創出側)

    資金供給とは異なるレイヤーで、政府は「最初の顧客(anchor buyer)」として機能しうる。特にエネルギー、防衛、宇宙といったセクターでは、技術が商用市場で受容される前の段階で、公共機関が調達者・実証パートナーとなることが、ディープテック企業の時間軸問題を間接的に緩和する。

    初期市場が未成熟なディープテック企業にとって、公共調達や実証プロジェクトの発注は、売上・技術検証・信用の3つを同時に提供する。米国のSBIR/STTRプログラムやDARPAの調達モデルは、研究開発資金だけでなく実質的な初期需要を創出する機能を果たしている。OECDの分析(2024)が指摘するように、公共調達はR&D助成金よりも大きなイノベーション促進効果を持つ場合がある。

    最初の顧客は、売上だけでなく「技術の正当性」を証明する。LP出資が「VCファンドの時間軸を延ばす」介入であるのに対し、公共調達は「ディープテック企業の商用化を早める」介入である。両者はVCの時間軸問題に対する異なるレイヤーの応答であり、組み合わせることで効果が高まる可能性がある。

    領域特化型の小規模ファンド

    これまで見てきた政府の役割が主として時間軸の制約に作用するのに対し、ここではディープテック投資におけるもう一つの制約——技術評価の専門性——に対する構造を検討する。

    ディープテック投資の専門性はひとつの大型ファンドに集約しにくいが、狭い領域に特化した小規模ファンドであれば成立しうる。BCG(2023)が「Genius Hunters」と分類する500社超のファンド(AUM $1億未満)は、それぞれが1〜2の投資テーマ——分子バイオテクノロジー、プラネタリーヘルス、食料・農業など——に集中し、研究機関との強い結びつきを持つ。個々の投資規模は$100〜500万と小さいが、投資対象への技術的理解は深い。

    この構造が示唆するのは、ディープテック投資のエコシステムは、少数の大型汎用ファンドではなく、多数の特化型ファンドの集合体として発展しうるということだ。個々のファンドが狭い領域で深い専門性を持ち、領域固有のリスクを精密に評価できるなら、その専門性そのものが超過リターン(アルファ)の源泉になる。ソフトウェアVCでは情報やネットワークの優位がアルファを生んできたが、ディープテックでは科学的知見と技術評価力がそれに代わる可能性がある。エコシステム全体としてのディープテック投資の厚みは、ひとつのファンドの規模ではなく、特化型ファンドの多様性と数によって決まるのかもしれない。

    もちろん、小規模特化型ファンドには固有の課題もある。フォローオン投資の資金力が限られるため、成長ステージでは大型ファンドとの連携が不可欠になる。また、ファンドの数が増えてもValley of Death(TRL 4〜7)の資金ギャップが自動的に埋まるわけではない。しかし、バイオテックが専門性の制度化によってVC投資を成立させてきたように、他のディープテック領域でも——まずは小規模な特化型ファンドの集積を通じて——専門性の基盤が形成されつつある。

    このような専門性の分化は、投資判断の精度を高めるだけでなく、技術リスクの見極めを早期化することで、結果として時間軸の不確実性を低減する可能性がある。

    この構造分析から何が言えるか

    ここまでの分析が示す帰結を、ステークホルダー別に整理する。

    VCについて言えること: 標準的な10年ファンドの中に「ディープテック枠」を設けるだけでは構造的不適合は解消しないが、だからといってVCがディープテック投資から排除されるわけではない。BCG(2023)のデータが示すように、リターンの水準自体は従来テックと遜色がない。問題は構造であって、ポテンシャルではない。時間軸の問題への対応は「延ばす」と「入れ替える・つなぐ」に整理でき、長期ファンドやエバーグリーン型だけでなく、セカンダリーと事業会社を組み合わせた資本の入れ替えも選択肢になる。特化型の小規模ファンドが深い技術知見に基づいてシード投資を行い、成長ステージではセカンダリーや事業会社を介して資本と支援の担い手が移行する——こうした多層的なエコシステムが形成されれば、標準モデルを変えずとも、ディープテック投資の厚みは増しうる。BCG(2023)の投資家類型が5つに分かれていること自体が、単一モデルでは対応できない領域に複数のアプローチが並立する現実を映している。

    LPについて言えること: ディープテック投資を支援するLPは、流動性制約の受容が前提になる。ポートフォリオ全体の中で「リターンまで15〜20年」を評価できるLPは限られる。BEVの事例が示すのは、現時点で長期ファンドを支えているのは機関投資家ではなく超富裕層個人であるという事実である。ただし、この制約はLPの構成によって変化しうる。政府系機関や事業会社といった主体は、財務リターン以外の目的——産業政策、技術獲得、サプライチェーン確保など——を持つため、純粋な金融投資家よりも長期の時間軸を取りやすい。こうしたLPが資本の一部を担うことで、ファンド全体としての時間軸制約は緩和されうる。すなわち、LP構成そのものが時間軸の設計要素となる。

    スタートアップについて言えること: 資金調達先のファンドの残存期間は確認に値する。ファンド終了間際のVCからの資金は、フォローオンや支援の途絶リスクを伴う。BCG(2023)のデータが示すように、$10億超の大型ファンドでも平均42%がマルチラウンド投資を行っている。ディープテック企業にとっては、1回の調達よりも投資家との長期的な時間軸の整合が重要になる。加えて、IPO/M&Aだけを最終ゴールとせず、成長過程での事業会社との資本提携やセカンダリーによる株主構成の最適化を視野に入れた資本戦略が求められる。

    政策について言えること: 政府系LPの量的拡大は進んでいるが、より重要なのは触媒的資本としての制度設計が機能するかどうかである。NEDOのDTSUのような3段階設計はValley of Deathへの直接介入として注目に値する。加えて、政府が調達者・実証パートナーとして需要側から市場を創出する機能は、資金供給とは異なるレイヤーでVCの時間軸問題を緩和しうる。

    Conclusion

    ディープテック特化ファンドのIRRは約25%、従来テックは約26%——リターンは同等である。にもかかわらず、VCの標準的なファンド構造は、ディープテック投資が必要とする時間軸と構造的に適合しない。

    10年のファンド期間、IRRベースのGP評価、J-curveのパターン——これらはいずれもLPへの受託者責任に基づく合理的な設計であり、ソフトウェア投資には有効に機能してきた。ディープテックとの不適合は、この合理的な構造の帰結として生じている。時間軸の問題に加え、バイオテック以外の領域ではGPの専門性を蓄積する制度的インフラも未整備である。

    BEVの20年ファンド、Engine Venturesの18年ファンド、Flagship Pioneeringの社内創業モデル、各国政府系LPの触媒的資本と公共調達——代替構造の実験は始まっている。加えて、エバーグリーン型による期間制約の除去、セカンダリーと事業会社を組み合わせた資本の入れ替え——時間軸の問題に対するアプローチは「延ばす」だけでなく「入れ替える・つなぐ」へと多様化しつつある。しかし、これらはいずれも発展途上であり、VCエコシステム全体の標準を変えるには至っていない。

    問題はリターンの水準ではなく、そのリターンに到達するまでの構造にある。ディープテックの難しさは、技術の問題ではなく資本の設計の問題として捉え直す必要がある。それは個別ファンドの工夫ではなく、LP・GP・事業会社・政策・市場インフラを含むエコシステム全体の設計問題である。


    References and Further Reading

    本稿の議論に関連する参考資料を以下に示す。

    ディープテック市場・IRR・時間軸

    VC構造・ファンド期間

    Exit年数データ

    TRL・Valley of Death

    長期ファンド事例

    ディープテック投資の実務・起業戦略

    • 東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)— 『サイエンス・テクノロジー領域の起業戦略』(日本経済新聞出版)
      研究成果の事業化プロセスを投資家・起業家双方の視点から体系化、大学発スタートアップの成長段階、実務的な課題を整理 https://www.amazon.co.jp/dp/4296123866

    政府系LP・触媒的資本

    公共調達とイノベーション

    セクター別タイムライン

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。

  • CVCはなぜ期待通りに機能しないのか

    Introduction

    事業会社によるスタートアップ投資——CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)は、コーポレートイノベーションの代表的な手法として定着しつつある。外部から新規事業の種を取り込み、事業シナジーを生み、同時に財務リターンも得る。設立時のCVCにはそうした期待が込められる。

    しかし現実には、設立から数年で縮小・撤退するCVCが少なくない。ドットコムバブル後には500を超えるCVCの推定64%が非アクティブ化した。この問題はしばしば「担当者の力量不足」「経営層のコミットメント不足」として語られるが、同じ課題が繰り返し発生している以上、個人に帰責する前に制度の構造を見る必要がある。

    本稿では、事業会社の組織構造とスタートアップ投資の性質の不適合を4つの切り口から整理する。

    Landscape

    CVC投資の規模はグローバルで拡大している。2025年にはCVC支援ディールの総額が2,290億ドルに達し(GCV Analytics)、スタートアップ資金調達の約5分の1にCVCが参加している。日本でもCVCは200社を超えた。

    しかし全体の規模拡大と個々のCVCの持続性は別の問題である。ユニコーン5社を輩出したSAP.iOでさえ2024年に閉鎖された。Exit率はSVBの調査によれば近年大幅に低下しており、CVC投資先が既存CVC投資家に買収される比率は2000年以降で4%に満たない。

    CVCは「事業会社がVCの手法を借りた投資活動」と見なされがちだが、その構造はVCと根本的に異なる。この構造の違いが、成果の出にくさの原因になっている。

    Structural Challenges

    CVCが構造的に成果を出しにくい理由は、以下の4つに整理できる。

    CVC Structural Challenges

    1. 意思決定構造の不適合

    SVBの2025年CVC調査では、51%のCVCが意思決定の速度と効率性を持続的な課題として挙げている。

    事業会社の投資承認プロセスは、稟議、投資委員会、経営会議といった複数のガバナンス層を通過する。これは事業上の投資判断としては合理的だが、スタートアップ投資の速度には合わない。独立VCではGPの裁量で投資が実行されるのに対し、CVCでは親会社が日常的に投資判断に関与する。この速度差はディールフローの質に直結する。優良案件ほど複数のVCが競合し、意思決定に数ヶ月を要するCVCは構造的に不利になる。

    Bainの分析によれば、成功しているCVCほど独立した法的エンティティとして親会社の意思決定構造から切り離されている。しかしこの独立性は、経営資源の使途を統制するという事業会社のガバナンス原理と緊張関係にある。速度を求めれば統制が弱まり、統制を求めれば速度が犠牲になる。この二律背反が意思決定構造の本質的な課題である。

    2. 目的の二重性

    CVCは「財務リターン」と「事業シナジー」という2つの目的を同時に追う。この二重目的がCVCを独自の存在にしているが、同時に構造的な矛盾の源泉でもある。

    財務リターンを最大化するなら、最もリターンの高い案件に投資すべきであり、自社事業との関連性は二次的になる。事業シナジーを追求するなら、自社事業に近い領域に限定すべきだが、投資ユニバースは大幅に狭まる。

    どちらを優先するかが明確でないまま運営されるCVCは多い。目的が未定義であれば、投資判断の一貫性は保てない。

    加えてCVCの目的は固定的ではない。親会社の経営陣の交代や事業戦略の転換で、CVCに求められる役割自体が変わる。目的の不安定さは投資方針の一貫性を損ない、投資先との信頼関係にも影響する。

    3. 評価指標の曖昧さ

    CVCの「成功」を何で測るかが定義されていないケースは多い。Kauffman Fellowsの調査では、測定可能な財務目標を設定していたのは調査対象20社中14社にとどまり、「自社がVCを理解している」と回答したのはわずか6社であった。

    評価の難しさは目的の二重性と直結している。財務リターン(IRR、MOIC)で測れば独立VCとの比較が避けられず、多くのCVCにとって不利な土俵になる。事業シナジー(PoC数、技術導入、事業連携)で測れば因果関係の立証が困難になる。投資先との連携で事業部の売上が伸びても、それが投資によるものか他の要因かを切り分けることは容易ではない。

    評価基準の曖昧さの帰結は深刻である。経営層が「このCVCは成果を出しているのか」を判断できず、業績悪化時に真っ先にコスト削減の対象になる。成果を示せなければ組織内の発言力は弱まり、事業部門との連携も困難になる悪循環が生じる。

    4. 人事・時間軸の構造問題

    この時間軸の問題は、CVC部門そのものの持続性にも表れている。Song Ma (2020) の分析によれば、CVC部門の存続期間の中央値は4年であり、約半数が設立から3年以内に積極的な投資活動を停止している。独立VCのファンド期間が通常10年であることを踏まえると、CVCは戦略的価値が十分に実現される前に活動が中断されるリスクを構造的に抱えている。

    事業会社の人事ローテーションは2〜3年が一般的だが、VC投資の成果発現には7〜10年を要する。この時間軸の不一致がCVC活動の持続性をさらに損なう。

    CVC担当者は成果を見届ける前に異動し、後任は前任の投資判断の背景を十分に理解できないまま引き継ぐ。知見の蓄積が途切れ、同じ試行錯誤が繰り返される。前稿で指摘した「グローバル経験者の循環」の問題と同型の構造である。

    報酬設計にも構造的な問題がある。独立VCではキャリー(成功報酬)が長期コミットメントを促すが、事業会社の給与体系にはこの仕組みが組み込みにくい。GCVの調査によれば、シンセティック・キャリー(擬似的な成功報酬制度)を提供しているのは独立法人化したCVCの一部にとどまり、大多数は固定給と親会社株式のみである。投資プロフェッショナルがCVCに長期的に留まるインセンティブは構造的に弱く、CVC経験者が独立VCや起業に流れ、事業会社側に経験値が残りにくい循環が生じている。

    CVC vs Independent VC

    以上の構造的課題を、独立VCとの対比で整理する。

    Independent VC vs Corporate VC

    CVCの課題の多くは、事業会社の組織構造を投資活動にそのまま適用したことに起因している。独立VCの構造がすべて正解ではないが、投資活動に適した構造設計の有無が成否を分ける。SVBの調査で19%のCVCが外部資金調達による独立化を検討していることは、この構造問題への実務的な応答と言える。

    Why CVC Can Still Matter

    ここまで構造的な課題を整理してきたが、CVCが存在し続ける理由——そしてCVCにしか発揮できない価値——にも目を向ける必要がある。CVCは独立VCの劣化版ではない。適切に設計されれば、VCとは質的に異なる価値を生む、企業戦略としての資本配置メカニズムである。

    第一に、独立VCには取りにくい長期時間軸での投資が可能である。独立VCはファンド期間(通常10年)に縛られ、その期間内にExitを実現しなければならない。この制約は、ディープテック、規制産業、インフラ、バイオなど成果発現に長期を要する領域での投資を構造的に難しくしている。CVCがバランスシートから投資する場合、この時間的制約は存在しない。VCが入りにくい領域にこそ、CVCの資本が本質的な意味を持つ。

    第二に、企業が保有する事業アセットの活用がある。顧客基盤、業界固有のデータ、サプライチェーン、ブランド、規制対応のノウハウ——これらは資金を出すだけの独立VCには提供できない資産である。事業部門との連携が機能すれば、スタートアップの成長を資金以外の形で加速できる。メタ分析(32研究、105,950件の観察を統合)でも、CVC投資は戦略的パフォーマンスとは正の相関がある一方、財務リターンとの有意な関係は確認されていない。CVCの価値は財務リターンの模倣ではなく、事業アセットを通じた戦略的価値の創出にある。

    第三に、事業理解を前提とした投資テーマの設定がある。特定の産業領域において、事業会社は独立VCよりも深い技術理解と市場理解を持っている。どの技術が実用に耐えるか、どの市場課題が本当に解決可能か——この判断において、現場を持つ事業会社のほうが精度の高い仮説を立てられる場合がある。投資テーマの設定そのものが差別化になりうる。

    ただし、これらの強みはいずれも「構造が適切に設計されている場合」に限って発揮される。時間軸の自由度は、親会社の業績悪化で一瞬にして失われる。事業アセットの提供は、事業部門との連携がなければ絵に描いた餅である。強みの存在と、それを活かす組織設計は、別の問題である。

    Implications

    この構造分析は、各ステークホルダーに異なる示唆を持つ。

    事業会社にとっての最初の一歩は、CVCの目的を明確に定義することである。財務リターンを主目的とするのか、事業シナジーを主目的とするのか。この定義が曖昧なまま運営を続けることが、多くの構造的課題の起点になっている。目的が定まれば、意思決定構造・評価指標・人事制度は従属変数として設計できる。

    また、直接投資をすべて自前で行う必要はない。Andrew Romansは『Masters of Corporate Venture Capital』の中で、CVCの初期段階では各地域のVCファンドにLP出資するファンド・オブ・ファンズ(FoF)型のアプローチを推奨している。自社で投資チームを立ち上げる前に、まずVCファンドへのLP出資を通じてエコシステムとの接点を築き、投資の知見を蓄積するという段階的なアプローチである。探索フェーズにおいては、直接投資よりもリスクが限定的であり、多様な地域・領域へのアクセスを同時に得られる利点がある。

    「VCの真似」ではなく、自社の事業構造と投資目的に合った形を設計すべきである。

    スタートアップにとっては、CVC資金を受ける前にCVCの構造的制約を理解しておくことが重要になる。意思決定の速度、事業シナジーへの期待、担当者の異動リスク、「色がつく」リスク(特定の事業会社の出資を受けることで競合との取引が制約されるリスク)——これらはCVCの制度に内在する特性である。一方で、業界知見、顧客へのアクセス、共同開発の機会といったCVC固有の価値もある。構造を理解したうえで、得られる価値と天秤にかけることが現実的な判断になる。

    政策の観点では、CVC設立の「数」を重視する段階から、運営の構造設計を支援する段階への移行が求められる。評価フレームワークの整備、事業会社とVCの人材交流の制度的支援——こうした構造的な障壁を下げる施策のほうが、設立補助金よりも実効性が高い可能性がある。

    Conclusion

    CVCが期待通りに機能しにくい理由は、担当者や経営者の個人的な問題に帰着できない。事業会社の組織構造と投資活動の性質の間に、構造的な不適合がある。意思決定構造、目的の二重性、評価指標の曖昧さ、人事・時間軸の不一致——これら4つの課題は独立した問題であると同時に、互いを強化し合う関係にある。

    しかし、CVCは独立VCの劣化版ではない。長期時間軸での投資、事業アセットの活用、事業理解に基づく投資テーマの設定——これらはVCには発揮できない、企業戦略としての資本配置メカニズムに固有の価値である。構造的に難しい制度だが、適切に設計されれば、VCとは質的に異なる貢献が可能になる。

    問われているのは「CVCをやるべきか」ではなく「どう設計すれば機能するか」である。構造を理解したうえで、自社に合った制度設計を模索すること。それが、CVCの次のステップになる。


    References and Further Reading

    本稿の議論に関連する参考資料を以下に示す。

    CVC市場動向

    CVC構造分析

    評価指標

    報酬・人事

    CVC部門のライフサイクル

    CVC戦略設計

    • Andrew Romans — Masters of Corporate Venture Capital, 2016(邦訳: 『CVC コーポレートベンチャーキャピタル――グローバルビジネスを勝ち抜く新たな経営戦略』増島雅和・松本守祥監修、ダイヤモンド社、2017)

    M&Aデータ

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。

  • なぜスタートアップのグローバル展開は難しいのか

    なぜスタートアップのグローバル展開は難しいのか

    なぜスタートアップのグローバル展開は難しいのか

    Introduction

    日本のスタートアップ政策において「グローバル展開」は繰り返し取り上げられるテーマである。政府の成長戦略にもスタートアップの海外進出支援が盛り込まれ、VCも投資先のグローバルポテンシャルを評価軸に含めるようになっている。

    しかし現実には、日本発のスタートアップでグローバル市場において存在感を持つ企業は極めて少ない。この問題はしばしば「創業者の意志」「英語力」「マインドセット」の問題として語られる。だが、同じく非英語圏でありながら創業時点からグローバル市場を前提に事業を構築する国が複数ある以上、個人の資質だけでは説明がつかない。

    本稿では、グローバル展開の難しさを市場・資本・人材・制度の4つの構造から整理する。精神論ではなく、エコシステムの構造的な特徴として理解することが目的である。

    Landscape

    日本市場の位置づけ

    日本はGDP世界第4位の経済大国であり、国内市場だけで一定規模の事業が成立する。Startup Genomeの調査によれば、東京を中心とする日本のスタートアップエコシステムはアジア太平洋地域で上位に位置するが、グローバル展開の成功率では小国市場に後れを取る。

    日本市場は言語、商慣習、意思決定プロセス、流通構造のいずれにおいても独自性が強い。国内市場に最適化されたプロダクトやオペレーションは、そのまま海外に持ち出せないことが多い。

    海外展開の主要パターン

    日本のスタートアップの海外展開には、大きく2つのパターンがある。

    1つは米国市場への直接参入。TAMの大きさとグローバルVCからの資金調達を視野に入れた戦略だが、米国市場の競争強度は高く、プロダクトの競争力に加えて営業・マーケティング・採用のすべてを現地基準で構築する必要がある。なお、米国は単に巨大な市場であるだけでなく、資本・人材・Exit機会が集中する場として機能している。この集積の引力は強く、展開した企業や人材がそのまま米国エコシステムに組み込まれていく構造がある。「展開先としての米国」と「人材や企業を吸収する場としての米国」は、別の問題として認識しておく必要がある。

    US Gravity Effect

    もう1つは東南アジアを中心とした段階的な展開。地理的な近さと市場成長が理由だが、各国の規制・文化・商慣習の違いは大きく、「アジアだから近い」という前提は必ずしも成立しない。

    小国市場との構造的な違い

    イスラエル、シンガポール、フィンランドといった国のスタートアップは、国内市場が小さいために創業時点からグローバル市場を前提としたプロダクト設計を行う。Startup Nation Centralのデータによれば、イスラエルのスタートアップの多くは創業初期から米国市場を主戦場として設計している。シンガポールのスタートアップは東南アジア全域を初期市場として設定する。いずれも国内市場だけでは事業が成立しないことが、グローバル前提の設計を構造的に促している。

    日本はこの構造と逆の位置にいる。国内で事業が成立するがゆえに、グローバル展開は戦略的な「選択」ではなく、後回しにされやすい「オプション」になる。

    Structural Challenges

    グローバル展開の難しさは、単一の要因ではなく、以下の4つの構造が複合的に作用した結果として理解できる。

    Globalization Barriers Structure

    1. Market Structure: 国内市場の罠

    国内市場が中途半端に大きいことは、グローバル展開にとってむしろ障壁になる。

    年間売上が数十億円規模に達するSaaSや、数百万ユーザーを抱えるコンシューマーサービスが国内で成立する場合、経営チームにとってグローバル展開の優先度は相対的に下がる。投資家からのプレッシャーも、国内成長が続いている間は海外展開よりも国内シェア拡大に向きやすい。

    さらに深刻なのは、国内市場向けに最適化されたProduct-Market Fitが、海外市場ではゼロからの再構築を求められることである。日本の商慣習に合わせた機能設計、日本語前提のUI/UX、日本企業の意思決定プロセスに合わせた営業手法——これらは海外市場では資産ではなく負債になりうる。ローカライズのコストは翻訳にとどまらず、プロダクトの設計思想を見直す必要がある場合、実質的に新規事業の立ち上げに近い。

    2. Capital Structure: 資本供給の構造的ギャップ

    資本構造の課題は、VC→スタートアップの関係だけでなく、その上流にあるLP→VCの資金供給構造から理解する必要がある。

    Capital Flow Structure

    LP構造の課題:日本のVC市場は近年成長しているが、LP(Limited Partner)の構成に構造的な偏りがある。米国では年金基金や大学基金がVCファンドの主要なLPとして機能し、長期のリスク資本を供給している。これに対し、日本では年金基金のオルタナティブ投資への配分比率が低く、大学基金のVC投資への参加も限定的である。LPの層が薄いことは、VCのファンドサイズを構造的に制約する要因になっている。

    ファンドサイズと追加投資余力: LPからの資金供給が限られる結果、国内VCのファンドサイズはグローバルVCと比較して小さくなる。ファンドサイズが小さければ1社あたりの追加投資余力も限られる。グローバル展開には現地法人設立、現地チーム採用、マーケティング投資など、国内事業とは別のコストが大きく発生するが、これを支えるだけの後続資金が確保しにくい。

    グローバルVCとの投資基準の乖離: グローバルVCは投資対象に最初からグローバルなTAMを求める。日本国内でのみ事業が成立しているスタートアップに対して、グローバルVCが積極的に投資するケースは限定的である。国内VCでは規模が足りず、グローバルVCからは投資基準を満たさない——この資本調達のギャップが、展開期のスタートアップにとっての構造的な壁になっている。

    Exit環境の影響: Exit市場には地理的な偏りがある。大型のM&AやIPOは米国市場に集中する傾向があり、日本市場でのExitバリュエーションは相対的に低くなりやすい。東証グロース市場ではIPO審査や上場維持基準の厳格化に関する議論も進んでおり、上場後の株価形成環境とあわせて、VC投資のリターン構造に影響を与えている。Exitの見通しが不透明になれば、VCのリスクテイク意欲にも影響し、グローバル展開のような不確実性の高い投資を後押しする力は弱まる。結果として、グローバル展開によるリターンの上振れがExit構造に十分織り込まれにくく、VCにとってグローバル展開を積極的に支援するインセンティブが構造的に弱くなっている。

    なお、日本には世界有数の金融資産が存在し、政府系ファンドや年金基金が海外VCのLPとして参加する可能性も議論されている。ただし、機関投資家のリスク資産配分の見直しや、VC投資に対する評価手法の整備には時間がかかるため、短期的に資本供給構造が大きく変わるとは限らない。

    3. Talent Structure: グローバル経営の経験値の不足

    グローバル展開を実行するには、創業チームまたは経営層に海外市場での事業経験が求められる。現地の市場理解、顧客との関係構築、パートナーシップの開拓、現地チームのマネジメント。これらは国内での事業経験だけでは得られにくいスキルである。

    加えて、ビジネスにおける信頼構築のメカニズムが市場ごとに異なることも構造的な障壁になっている。日本では長期的な取引関係や紹介ベースの信頼が重視されるのに対し、米国ではプロダクトの実績やメトリクスに基づく評価が優先される傾向がある。この違いは単なる文化差ではなく、営業サイクル、価格交渉、パートナーシップの形成プロセスそのものに影響するため、国内での成功体験がそのまま転用しにくい一因になっている。

    海外拠点の立ち上げでは、現地採用と本社統制のバランスという組織設計の課題が生じる。現地に裁量を渡しすぎればプロダクトの一貫性が失われ、本社の統制が強すぎれば現地市場への適応が遅れる。

    これは個人の能力の問題ではなく、エコシステムとしての経験値の蓄積の問題である。米国やイスラエルでは、グローバル展開を経験した創業者やCxOがエコシステム内を循環し、次の世代に知見を提供する。NFXが公開している分析でも指摘されているように、スタートアップエコシステムの強さはネットワーク効果に依存しており、グローバル経験者の循環はその重要な構成要素である。この循環が十分に形成されていない市場では、各社が同じ試行錯誤を繰り返すことになる。

    4. Policy Structure: 国内最適化されたエコシステム

    日本のスタートアップ支援制度は、その多くが国内市場での事業成長を前提に設計されている。補助金、税制優遇、公的ファンドのいずれも、主な評価基準は国内での雇用創出や売上成長であることが多い。グローバル展開を後押しする制度は存在するが、支援の厚みとしては国内向けが中心である。

    OECDの各国比較データを見ると、イスラエルやシンガポールの政策は初期段階から海外市場へのアクセスを支援する設計になっている。イスラエルのイノベーション庁(Israel Innovation Authority)は海外拠点設立への補助を提供し、シンガポールのEnterprise Singapore(Startup SG)はスタートアップの海外展開を体系的に支援する。これらの国では、国内市場の小ささゆえにグローバル展開が政策の前提に組み込まれている。

    各国の規制差異も展開コストを押し上げる。データ保護規制、金融規制、医療機器規制など、業界によっては国ごとに異なる許認可プロセスが必要になる。法務・税務の整備コストは、アーリーステージのスタートアップにとっては特に負担が大きい。

    より根本的な問題は、エコシステム全体がドメスティックに最適化されていることである。VC、アクセラレーター、メンター、公的支援、顧客ネットワーク——これらが国内で完結する構造の中にいると、グローバル展開に踏み出すこと自体のハードルが構造的に高くなる。

    Implications

    この構造分析は、各ステークホルダーにとって異なる示唆を持つ。

    スタートアップにとっての選択肢は、大きく2つある。国内市場で成長を達成してから展開を計画する段階的アプローチと、創業時点からグローバル市場を前提にプロダクトを設計するBorn Globalアプローチ。どちらが適切かはプロダクトの性質と市場特性に依存する。重要なのは「いつか海外に出る」ではなく、展開のタイミングと方法を事業戦略の初期段階から組み込むことである。展開先の選定自体が以前より不確実性の高い判断になっている以上、単一市場に賭けるのではなく、段階的な検証を組み込む発想がより重要になっている。

    VCにとっては、LP構造の拡充とファンド設計の見直しが問われる。海外VCとの共同投資、クロスボーダーのネットワーク構築、グローバル展開期に対応できるファンドサイズの確保。LP基盤の拡大——特に機関投資家のVC投資への参加拡大——が、この課題の上流にある。

    政策に関しては、グローバル展開を促す直接的な支援だけでなく、構造的な障壁を下げる方向の施策が有効である可能性がある。資本アクセスの改善(機関投資家のオルタナティブ投資への配分促進)、人材流動性の向上(グローバル経験者のエコシステムへの還流)、規制対応コストの軽減。展開を促すよりも、展開を阻む構造に介入する方が実効性が高い場合がある。

    Conclusion

    スタートアップのグローバル展開が難しい理由は、創業者のマインドセットや英語力の問題に還元できない。市場構造、資本構造(LP→VC→スタートアップ)、人材構造、制度・政策構造という4つの層が複合的に作用しており、それぞれが独立した課題であると同時に互いを強化し合う関係にある。

    この構造を理解することは、批判や悲観のためではない。構造を知ることで、どこに介入すれば状況が変わりうるかが見えてくる。スタートアップの戦略設計、VCのファンド設計とLP基盤の拡充、政策の制度設計——それぞれの立場から、構造的な障壁に対する具体的な打ち手を考えることが次のステップになる。


    References and Further Reading

    本稿の議論に関連する参考資料を以下に示す。

    エコシステム調査

    VC・資本市場データ

    各国エコシステム

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。