
Introduction
「AIがVCを変える」という議論は多い。しかし、具体的にVC業務のどの部分がどう変わるのかについては、構造的な整理がほとんどない。
VC業務は単一の活動ではない。ファンド組成からExitまで、情報構造が大きく異なる複数のフェーズで構成されている。定量データが豊富で自動化の効果が明確なフェーズもあれば、対人判断や暗黙知が中心で構造化になじまないフェーズもある。AIによる変化はこのフェーズごとに非対称であり、全てが等しく変わるわけではない。
本稿では、VC業務の7フェーズを情報構造の観点から分類し、3つの問いに答える。(1) AIは現時点でどこまで実用的に使われているか、(2) 構造的にAIに置き換わりにくい領域はどこか、なぜか、(3) 5年後に何が変わりうるか。
VC業務フェーズの全体像
VC業務は以下の7つのフェーズで構成される。
- ファンド組成: 投資戦略の策定、チーム構築
- LP募集 / IR: 資金調達、投資家対応
- ソーシング: 投資候補の発掘・スクリーニング
- デューデリジェンス: 投資候補の精査・分析
- 投資委員会(IC): 投資判断の最終意思決定
- バリューアップ: 投資先の成長支援
- Exit: IPO・M&A等による投資回収
これらのフェーズは、情報構造の観点から2つの軸で整理できる。
第一の軸は、情報の性質である。ソーシングやDDの初期段階では、市場データ・競合情報・財務指標など定量的・構造化されたデータが中心になる。一方、ICや創業者評価では、対面でしか得られない定性的・非構造化の情報が判断を左右する。
第二の軸は、情報の使われ方である。同じDDでも、市場規模の推計や競合マッピングは「情報収集」であり、その情報をもとに投資するかどうかを決めるのは「判断」である。AIが得意なのは前者であり、後者には構造的な制約がある。
この2軸の組み合わせが、各フェーズにおけるAI活用の可否を決定する。
| フェーズ | 情報の性質 | 情報の使われ方 | AI活用度(現状) |
|---|---|---|---|
| ファンド組成 | 定性・関係性中心 | 判断 | 低 |
| LP募集 / IR | 混合 | 収集+判断 | 中 |
| ソーシング | 定量・構造化 | 収集 | 高 |
| DD | 混合 | 収集→判断 | 中-高(収集)/ 低(判断) |
| IC | 定性・暗黙知 | 判断 | 低 |
| バリューアップ | 混合 | 収集+判断 | 中 |
| Exit | 複合 | 判断 | 低-中 |

この表が示すパターンは明確である。情報が定量的・構造化されており、かつ「収集」が中心のフェーズではAI活用が進み、情報が定性的で「判断」が中心のフェーズでは進んでいない。
AI活用が進んでいるフェーズ
ソーシング——網羅性と速度の問題
ソーシングの本質は、膨大な企業群のなかから投資候補を効率的に絞り込むことにある。企業データベース、特許情報、採用動向、Webトラフィック、SNSシグナル——いずれも構造化可能な外部データであり、スクリーニングとスコアリングにおけるAIの優位性は明白である。
EQTが2016年から開発しているMotherbrainは、数千万社規模の企業データを分析し、報道によればEQTの投資の相当割合がこのプラットフォーム起因とされる。SignalFireはチームの約20%をデータサイエンティストやエンジニアが占め、8,000万社以上・6億人以上のデータを追跡するBeaconプラットフォームを運用している。
ただし、これはソーシングの全てがAIに移行することを意味しない。Gompers et al.(2020)が885名のVCを対象に行った調査では、トップパフォーマーほどネットワーク経由のディールソーシング比率が高い傾向が示されている。AIが網羅性と速度を補完する一方、「まだデータに現れていない」初期ステージの案件はネットワーク経由で発掘されるという構造は変わっていない。AIソーシングとネットワークソーシングは代替ではなく共存の関係にある。
デューデリジェンス——「収集」と「判断」の分離
DDでは、市場規模の推計、競合マッピング、財務分析、契約書レビューといった情報収集タスクのAI化が進んでいる。通常のDDサイクルが数週間から数ヶ月を要するなかで、情報収集フェーズの速度は大幅に向上している。
ただし、Correlation Venturesのように統計モデルを用いて共同投資判断まで行う例も存在する。同社はディール属性を大規模な歴史データベースと照合し、約2週間で投資判断を下す。もっともこれはリード投資家の判断を前提とした補完的な枠組みであり、意思決定の完全な自動化とは性質を異にする。このような試みは存在するものの、現時点では例外的であり、投資判断の中核がモデルに置き換わった事例は限定的である。
DDにおける「判断」——創業者の動機や誠実さの評価、技術の実現可能性の見極め、「なぜ今この市場なのか」というタイミング判断——は情報収集とは質的に異なる。特にシード〜Series Aでは定量データが乏しく、定性判断の比重が大きい。DDのAI化は「情報を集める速度」を変えるが、「情報を解釈する判断」には手が届いていない。
ポートフォリオモニタリング——構造化データの自動処理
KPIの自動集計、異常値検知、レポート生成は、構造化データの処理そのものであり、AIとの親和性が高い。大規模ファンドはこの領域でプラットフォーム化を進めている。a16zは100名以上(ピーク時は150名規模とも言われる)の非投資プロフェッショナルを擁し、ポートフォリオ企業に対する採用・マーケティング・技術支援を組織的に提供した。Insight Partnersは約100人のOnsiteチームで、SaaS企業のGTM・プライシング・プロダクト戦略を支援している。
これらに共通するパターンがある。情報が構造化されていること、情報収集と判断が分離可能なこと、自動化の効果が明確で測定可能なことである。逆に言えば、この3条件を満たさないフェーズでは、AI活用は構造的に進みにくい。
大規模ファンド vs 小規模ファンドの格差構造
AI活用の進展は、VC業界内の格差を拡大させる構造を持つ。
大規模・レイターステージのファンドは、データ量とエンジニアリングリソースの両面で優位にある。EQT Motherbrainの専任チーム20〜30人、SignalFireのデータ・エンジニアリングチームへの組織的投資は、いずれもファンドサイズに裏付けられた体制である。独自データ基盤の構築は、ファンドサイズが一定以上でなければ経済的に成立しない。
一方、小規模・アーリーステージのVCにとっての主戦場は、ChatGPTやClaudeなどの汎用LLMツールによる生産性向上である。DD資料の作成、市場調査のたたき台、LP向けレポートの下書き——個々のタスクは加速するが、独自データ基盤との差は埋まらない。
より急進的なアプローチを取るのが、サンフランシスコのDavidovs Venture Collective(DVC)である。2020年設立の同社は、アナリストを全員解雇し、AIエージェントと170人以上のLP(OpenAI、Google、Meta等のエンジニアや創業者)のネットワークで代替するモデルを採った。AIがディールメモ作成やDD情報収集を自動化し、LPネットワークが案件発掘やポートフォリオ支援を担う。シードファンドで120社以上(Perplexity AI、AIチップのEtched等)に投資した実績をもとに、2025年にSeries A/B向けの7,500万ドルファンドを組成した。注目すべきは、DVCが「アナリストをAIだけで置き換えた」のではなく、アナリストの機能をAI(情報収集・処理)とLPコミュニティ(案件の目利き・創業者支援)に分解した点にある。従来のVC組織が内部に抱えていた機能を、テクノロジーとネットワークに外部化した実験と言える。ただし、新ファンドの投資実績はまだ初期段階にあり、このモデルが長期的にリターンを生むかは未検証である。
例外はセクター特化型VCである。特定領域のドメイン知識は構造化が比較的容易であり、中規模ファンドでも効果的なAI活用が可能になりうる。ただし、現時点でこれを実証した公開事例は限られている。
地域間の格差も顕在化しつつある。欧米ではEQTやSignalFireが具体的な成果データを公開し始めているが、日本のVC業界ではAI活用の具体的な公開事例がほぼ存在しない。汎用LLMツールの業務活用は進んでいるとみられるが、独自データ基盤の構築を公表した日本のVCは現時点で確認できない。この非対称は、ファンド規模の格差だけでなく、AI活用を競争優位として公に打ち出す文化の違いも反映している。
「判断は人間」という前提はどこまで有効か
従来の前提とその揺らぎ
Gompers et al.(2020)の調査で投資判断の第1位に挙がったのは「経営チーム」であり、VCは自身の判断プロセスを「パターン認識」に近いと表現した。従来、この暗黙知は「人間にしかできない」領域として位置づけられてきた。
しかし、この前提は2つの方向から揺らいでいる。
第一に、人間の定性判断はバイアスから自由ではない。Kahneman(2011)が示したように、人間の直感的判断には確証バイアス、アンカリング、類似性への偏りが構造的に組み込まれている。VCの文脈では、自分と似た経歴の創業者を過大評価する、過去に成功したパターンに固執する、初期の印象に判断が引きずられるといった傾向が指摘されている。「人間の定性判断が優れている」という前提自体が、検証を要する仮説である。
第二に、AI——特に大規模言語モデル(LLM)やVision-Language Model(VLM)——の能力が、従来「構造化できない」とされた領域に急速に拡張している。ピッチ映像から創業者のコミュニケーションの質や一貫性を分析する、膨大な市場文脈を踏まえて「なぜ今この市場か」を評価する、数千件の過去投資案件との類似性をバイアスなく比較する——これらはトランスフォーマー以前には非現実的だったが、長いコンテキストウィンドウとマルチモーダル処理の組み合わせにより、技術的には射程に入りつつある。
つまり、「定性判断は人間が得意」という通念は、「人間の判断にもバイアスがある」「AIが文脈を扱えるようになった」という二重の意味で再検討を迫られている。
それでも人間に残るもの
では、AIが定性的な判断まで担えるとすれば、VCにおいて何が人間に残るのか。2つある。
第一は、関係性の起点である。「この人と会って話してみたい」「この創業者と一緒に仕事をしたい」という意思は、分析ではなくコミットメントの表明である。VCと創業者の関係は一方的な評価ではなく双方向の選択であり、その起点となる人間同士の接触はAIに代替できない。ネットワークの価値は「情報の網羅性」ではなく「関係性を起動する力」にある。
第二は、決めと責任である。選択肢が整理され、分析が完了した後に「これにする」と決断し、その結果に対して責任を負うこと——これは情報処理ではなく、意思と責任の問題である。VCのGPはLPに対して受託者責任(fiduciary duty)を負っており、「AIが推奨した」は責任の所在として成立しない。
自動運転の議論と構造が似ている。かつて「人間がいないことがリスク」だった運転は、技術の進展により「人間が介在することが最大のリスク」になりつつある。VC業務においても、情報収集だけでなく判断の領域で同様の転換が起きる可能性がある。その場合、人間の役割は「判断すること」から「関係性を起動し、責任を引き受けること」へと変わる。
5年後の仮説

現状の延長線上で確度の高い変化と、不確実な変化を区別する必要がある。
変わること(高確度)。情報収集の自動化はさらに進み、DDの初期フェーズにおける市場分析・競合マッピングの速度と精度は向上する。ポートフォリオモニタリングはリアルタイム化に近づく。汎用LLMの進化により、小規模VCでもレポーティングや初期スクリーニングの効率は上がる。これに加え、LLM/VLMの文脈処理能力の向上により、創業者評価や市場タイミングの判断といった従来「人間の領域」とされた定性判断にもAIが関与する場面は増える。人間のバイアスを補正する道具として、AIが判断プロセスに組み込まれるのは時間の問題だろう。
変わらないこと(高確度)。創業者との信頼関係の起動、LPとの長期的なパートナーシップの構築——関係性の起点となる人間同士の接触は残る。投資委員会でのGo/No-Go判断やExit決定において、最終的に「これにする」と決断し責任を引き受ける役割も、受託者責任の構造が変わらない限り人間に残る。
不確実なこと。AIの判断精度が人間を上回る領域がどこまで広がるかは未知数である。仮にAIがバイアスのないチーム評価や市場タイミング判断で人間を凌駕するデータが蓄積されれば、「人間が判断に介在すること自体がリスク」という転換が起きうる。その場合、VCの人間としての価値は「判断の質」ではなく「関係性の起動力」と「意思決定の責任」に収斂する。LPがGPを評価する際に、AI活用度をどの程度重視するかも、現時点では枠組みすら確立されていない。
Implications
VCに対して。AIが情報収集だけでなく判断の領域にも浸透するならば、VCの差別化の源泉は「判断の質」から「関係性と責任」にシフトする。創業者が「この人と一緒にやりたい」と思う存在であること、困難な局面で責任を引き受ける覚悟があること——これらはAIでは代替できない。逆に、AIを使わずに判断の精度やスピードで劣後すること自体がリスクになる時代が近づいている。
LPに対して。GPの評価において、AI活用は「ツールを導入しているか」ではなく、「判断プロセスにおいて人間のバイアスをどう制御しているか」という問いに変わりうる。AIを活用しないGPが、バイアスまみれの判断で投資しているリスクを、LPはいずれ意識するようになるだろう。
スタートアップに対して。ソーシングのAI化は、「データに現れやすい」企業が早期に発見される一方、「データに現れにくい」初期ステージの企業にとってはVCとの直接的な人間関係がより重要になることを意味する。
Conclusion
AIがVC業務において代替するのは、情報収集だけではない。定性判断の領域にもAIの関与は広がりつつあり、「判断は人間の領域」という前提自体が再検討を迫られている。
人間に残るのは、関係性の起点——「この人と一緒にやりたい」という意思——と、責任の引き受け——「これにする」という決断とその帰結を負うこと——の2つである。自動運転と同じく、VC業務においても「人間が介在しないことがリスク」から「人間が介在することがリスク」への転換が起きうる。
VC業務におけるAI活用を考える際に必要なのは、「AIがどこまで来たか」ではなく、「人間が不可欠な領域は本当にどこか」を問い直すことである。
References and Further Reading
VC意思決定研究
- Gompers, Gornall, Kaplan & Strebulaev — How Do Venture Capitalists Make Decisions?, Journal of Financial Economics, 2020 885名の機関投資家VCを対象とした意思決定プロセスの大規模調査。チーム評価が最重要因子、アーリーステージでは定性判断・パターン認識への依存が顕著
AI活用VC事例
- EQT Motherbrain — EQTの独自ML基盤ソーシングプラットフォーム。2016年開発開始、数千万社規模のデータを分析。Henrik Landgrenインタビュー(VentureBeat)
- SignalFire Beacon — データドリブンVCの独自データプラットフォーム。8,000万社以上・6億人以上を追跡。チームの約20%がデータサイエンティスト/エンジニア
- Correlation Ventures — 統計モデルによる共同投資判断、約2週間の意思決定ターンアラウンド
- Davidovs Venture Collective(DVC) — アナリストをAIエージェント+170人超のLPネットワークで代替。シード120社超投資後、$75M Series A/Bファンドを組成(FoundersToday, 2025)
VCプラットフォームモデル
- Andreessen Horowitz — プラットフォーム型VCの先駆。100名以上(ピーク時は150名規模とも言われる)の非投資プロフェッショナルを擁したが、近年はプラットフォーム組織のスリム化も報じられている
- Insight Partners Onsite — 約100人のオペレーション支援チーム。GTM、プライシング、プロダクト戦略(Insight Partners公式資料)
学術研究・書籍
- Kahneman — Thinking, Fast and Slow(2011)。臨床判断 vs 保険数理判断の枠組み。アルゴリズムのバイアス低減効果と、新規性・情報非対称性下での限界
- 冨山和彦(著)、松尾豊(監修)— 『日本経済AI成長戦略』(2026)。AIに何を任せるかを決め、最終的に判断と責任を引き受ける役割——著者が「ボス力」と呼ぶ——が人間に残る価値であるという議論。本稿の「関係性の起点と責任の引き受け」という結論と通底する
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