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  • VC業務のどこがAIに置き換わり、どこが残るか

    VC業務のどこがAIに置き換わり、どこが残るか

    VC業務のどこがAIに置き換わり、どこが残るか

    Introduction

    「AIがVCを変える」という議論は多い。しかし、具体的にVC業務のどの部分がどう変わるのかについては、構造的な整理がほとんどない。

    VC業務は単一の活動ではない。ファンド組成からExitまで、情報構造が大きく異なる複数のフェーズで構成されている。定量データが豊富で自動化の効果が明確なフェーズもあれば、対人判断や暗黙知が中心で構造化になじまないフェーズもある。AIによる変化はこのフェーズごとに非対称であり、全てが等しく変わるわけではない。

    本稿では、VC業務の7フェーズを情報構造の観点から分類し、3つの問いに答える。(1) AIは現時点でどこまで実用的に使われているか、(2) 構造的にAIに置き換わりにくい領域はどこか、なぜか、(3) 5年後に何が変わりうるか。

    VC業務フェーズの全体像

    VC業務は以下の7つのフェーズで構成される。

    1. ファンド組成: 投資戦略の策定、チーム構築
    2. LP募集 / IR: 資金調達、投資家対応
    3. ソーシング: 投資候補の発掘・スクリーニング
    4. デューデリジェンス: 投資候補の精査・分析
    5. 投資委員会(IC): 投資判断の最終意思決定
    6. バリューアップ: 投資先の成長支援
    7. Exit: IPO・M&A等による投資回収

    これらのフェーズは、情報構造の観点から2つの軸で整理できる。

    第一の軸は、情報の性質である。ソーシングやDDの初期段階では、市場データ・競合情報・財務指標など定量的・構造化されたデータが中心になる。一方、ICや創業者評価では、対面でしか得られない定性的・非構造化の情報が判断を左右する。

    第二の軸は、情報の使われ方である。同じDDでも、市場規模の推計や競合マッピングは「情報収集」であり、その情報をもとに投資するかどうかを決めるのは「判断」である。AIが得意なのは前者であり、後者には構造的な制約がある。

    この2軸の組み合わせが、各フェーズにおけるAI活用の可否を決定する。

    フェーズ 情報の性質 情報の使われ方 AI活用度(現状)
    ファンド組成 定性・関係性中心 判断
    LP募集 / IR 混合 収集+判断
    ソーシング 定量・構造化 収集
    DD 混合 収集→判断 中-高(収集)/ 低(判断)
    IC 定性・暗黙知 判断
    バリューアップ 混合 収集+判断
    Exit 複合 判断 低-中
    VC業務フェーズ別のAI活用度マッピング

    この表が示すパターンは明確である。情報が定量的・構造化されており、かつ「収集」が中心のフェーズではAI活用が進み、情報が定性的で「判断」が中心のフェーズでは進んでいない。

    AI活用が進んでいるフェーズ

    ソーシング——網羅性と速度の問題

    ソーシングの本質は、膨大な企業群のなかから投資候補を効率的に絞り込むことにある。企業データベース、特許情報、採用動向、Webトラフィック、SNSシグナル——いずれも構造化可能な外部データであり、スクリーニングとスコアリングにおけるAIの優位性は明白である。

    EQTが2016年から開発しているMotherbrainは、数千万社規模の企業データを分析し、報道によればEQTの投資の相当割合がこのプラットフォーム起因とされる。SignalFireはチームの約20%をデータサイエンティストやエンジニアが占め、8,000万社以上・6億人以上のデータを追跡するBeaconプラットフォームを運用している。

    ただし、これはソーシングの全てがAIに移行することを意味しない。Gompers et al.(2020)が885名のVCを対象に行った調査では、トップパフォーマーほどネットワーク経由のディールソーシング比率が高い傾向が示されている。AIが網羅性と速度を補完する一方、「まだデータに現れていない」初期ステージの案件はネットワーク経由で発掘されるという構造は変わっていない。AIソーシングとネットワークソーシングは代替ではなく共存の関係にある。

    デューデリジェンス——「収集」と「判断」の分離

    DDでは、市場規模の推計、競合マッピング、財務分析、契約書レビューといった情報収集タスクのAI化が進んでいる。通常のDDサイクルが数週間から数ヶ月を要するなかで、情報収集フェーズの速度は大幅に向上している。

    ただし、Correlation Venturesのように統計モデルを用いて共同投資判断まで行う例も存在する。同社はディール属性を大規模な歴史データベースと照合し、約2週間で投資判断を下す。もっともこれはリード投資家の判断を前提とした補完的な枠組みであり、意思決定の完全な自動化とは性質を異にする。このような試みは存在するものの、現時点では例外的であり、投資判断の中核がモデルに置き換わった事例は限定的である。

    DDにおける「判断」——創業者の動機や誠実さの評価、技術の実現可能性の見極め、「なぜ今この市場なのか」というタイミング判断——は情報収集とは質的に異なる。特にシード〜Series Aでは定量データが乏しく、定性判断の比重が大きい。DDのAI化は「情報を集める速度」を変えるが、「情報を解釈する判断」には手が届いていない。

    ポートフォリオモニタリング——構造化データの自動処理

    KPIの自動集計、異常値検知、レポート生成は、構造化データの処理そのものであり、AIとの親和性が高い。大規模ファンドはこの領域でプラットフォーム化を進めている。a16zは100名以上(ピーク時は150名規模とも言われる)の非投資プロフェッショナルを擁し、ポートフォリオ企業に対する採用・マーケティング・技術支援を組織的に提供した。Insight Partnersは約100人のOnsiteチームで、SaaS企業のGTM・プライシング・プロダクト戦略を支援している。

    これらに共通するパターンがある。情報が構造化されていること、情報収集と判断が分離可能なこと、自動化の効果が明確で測定可能なことである。逆に言えば、この3条件を満たさないフェーズでは、AI活用は構造的に進みにくい。

    大規模ファンド vs 小規模ファンドの格差構造

    AI活用の進展は、VC業界内の格差を拡大させる構造を持つ。

    大規模・レイターステージのファンドは、データ量とエンジニアリングリソースの両面で優位にある。EQT Motherbrainの専任チーム20〜30人、SignalFireのデータ・エンジニアリングチームへの組織的投資は、いずれもファンドサイズに裏付けられた体制である。独自データ基盤の構築は、ファンドサイズが一定以上でなければ経済的に成立しない。

    一方、小規模・アーリーステージのVCにとっての主戦場は、ChatGPTやClaudeなどの汎用LLMツールによる生産性向上である。DD資料の作成、市場調査のたたき台、LP向けレポートの下書き——個々のタスクは加速するが、独自データ基盤との差は埋まらない。

    より急進的なアプローチを取るのが、サンフランシスコのDavidovs Venture Collective(DVC)である。2020年設立の同社は、アナリストを全員解雇し、AIエージェントと170人以上のLP(OpenAI、Google、Meta等のエンジニアや創業者)のネットワークで代替するモデルを採った。AIがディールメモ作成やDD情報収集を自動化し、LPネットワークが案件発掘やポートフォリオ支援を担う。シードファンドで120社以上(Perplexity AI、AIチップのEtched等)に投資した実績をもとに、2025年にSeries A/B向けの7,500万ドルファンドを組成した。注目すべきは、DVCが「アナリストをAIだけで置き換えた」のではなく、アナリストの機能をAI(情報収集・処理)とLPコミュニティ(案件の目利き・創業者支援)に分解した点にある。従来のVC組織が内部に抱えていた機能を、テクノロジーとネットワークに外部化した実験と言える。ただし、新ファンドの投資実績はまだ初期段階にあり、このモデルが長期的にリターンを生むかは未検証である。

    例外はセクター特化型VCである。特定領域のドメイン知識は構造化が比較的容易であり、中規模ファンドでも効果的なAI活用が可能になりうる。ただし、現時点でこれを実証した公開事例は限られている。

    地域間の格差も顕在化しつつある。欧米ではEQTやSignalFireが具体的な成果データを公開し始めているが、日本のVC業界ではAI活用の具体的な公開事例がほぼ存在しない。汎用LLMツールの業務活用は進んでいるとみられるが、独自データ基盤の構築を公表した日本のVCは現時点で確認できない。この非対称は、ファンド規模の格差だけでなく、AI活用を競争優位として公に打ち出す文化の違いも反映している。

    「判断は人間」という前提はどこまで有効か

    従来の前提とその揺らぎ

    Gompers et al.(2020)の調査で投資判断の第1位に挙がったのは「経営チーム」であり、VCは自身の判断プロセスを「パターン認識」に近いと表現した。従来、この暗黙知は「人間にしかできない」領域として位置づけられてきた。

    しかし、この前提は2つの方向から揺らいでいる。

    第一に、人間の定性判断はバイアスから自由ではない。Kahneman(2011)が示したように、人間の直感的判断には確証バイアス、アンカリング、類似性への偏りが構造的に組み込まれている。VCの文脈では、自分と似た経歴の創業者を過大評価する、過去に成功したパターンに固執する、初期の印象に判断が引きずられるといった傾向が指摘されている。「人間の定性判断が優れている」という前提自体が、検証を要する仮説である。

    第二に、AI——特に大規模言語モデル(LLM)やVision-Language Model(VLM)——の能力が、従来「構造化できない」とされた領域に急速に拡張している。ピッチ映像から創業者のコミュニケーションの質や一貫性を分析する、膨大な市場文脈を踏まえて「なぜ今この市場か」を評価する、数千件の過去投資案件との類似性をバイアスなく比較する——これらはトランスフォーマー以前には非現実的だったが、長いコンテキストウィンドウとマルチモーダル処理の組み合わせにより、技術的には射程に入りつつある。

    つまり、「定性判断は人間が得意」という通念は、「人間の判断にもバイアスがある」「AIが文脈を扱えるようになった」という二重の意味で再検討を迫られている。

    それでも人間に残るもの

    では、AIが定性的な判断まで担えるとすれば、VCにおいて何が人間に残るのか。2つある。

    第一は、関係性の起点である。「この人と会って話してみたい」「この創業者と一緒に仕事をしたい」という意思は、分析ではなくコミットメントの表明である。VCと創業者の関係は一方的な評価ではなく双方向の選択であり、その起点となる人間同士の接触はAIに代替できない。ネットワークの価値は「情報の網羅性」ではなく「関係性を起動する力」にある。

    第二は、決めと責任である。選択肢が整理され、分析が完了した後に「これにする」と決断し、その結果に対して責任を負うこと——これは情報処理ではなく、意思と責任の問題である。VCのGPはLPに対して受託者責任(fiduciary duty)を負っており、「AIが推奨した」は責任の所在として成立しない。

    自動運転の議論と構造が似ている。かつて「人間がいないことがリスク」だった運転は、技術の進展により「人間が介在することが最大のリスク」になりつつある。VC業務においても、情報収集だけでなく判断の領域で同様の転換が起きる可能性がある。その場合、人間の役割は「判断すること」から「関係性を起動し、責任を引き受けること」へと変わる。

    5年後の仮説

    VC業務におけるAI活用の時間軸

    現状の延長線上で確度の高い変化と、不確実な変化を区別する必要がある。

    変わること(高確度)。情報収集の自動化はさらに進み、DDの初期フェーズにおける市場分析・競合マッピングの速度と精度は向上する。ポートフォリオモニタリングはリアルタイム化に近づく。汎用LLMの進化により、小規模VCでもレポーティングや初期スクリーニングの効率は上がる。これに加え、LLM/VLMの文脈処理能力の向上により、創業者評価や市場タイミングの判断といった従来「人間の領域」とされた定性判断にもAIが関与する場面は増える。人間のバイアスを補正する道具として、AIが判断プロセスに組み込まれるのは時間の問題だろう。

    変わらないこと(高確度)。創業者との信頼関係の起動、LPとの長期的なパートナーシップの構築——関係性の起点となる人間同士の接触は残る。投資委員会でのGo/No-Go判断やExit決定において、最終的に「これにする」と決断し責任を引き受ける役割も、受託者責任の構造が変わらない限り人間に残る。

    不確実なこと。AIの判断精度が人間を上回る領域がどこまで広がるかは未知数である。仮にAIがバイアスのないチーム評価や市場タイミング判断で人間を凌駕するデータが蓄積されれば、「人間が判断に介在すること自体がリスク」という転換が起きうる。その場合、VCの人間としての価値は「判断の質」ではなく「関係性の起動力」と「意思決定の責任」に収斂する。LPがGPを評価する際に、AI活用度をどの程度重視するかも、現時点では枠組みすら確立されていない。

    Implications

    VCに対して。AIが情報収集だけでなく判断の領域にも浸透するならば、VCの差別化の源泉は「判断の質」から「関係性と責任」にシフトする。創業者が「この人と一緒にやりたい」と思う存在であること、困難な局面で責任を引き受ける覚悟があること——これらはAIでは代替できない。逆に、AIを使わずに判断の精度やスピードで劣後すること自体がリスクになる時代が近づいている。

    LPに対して。GPの評価において、AI活用は「ツールを導入しているか」ではなく、「判断プロセスにおいて人間のバイアスをどう制御しているか」という問いに変わりうる。AIを活用しないGPが、バイアスまみれの判断で投資しているリスクを、LPはいずれ意識するようになるだろう。

    スタートアップに対して。ソーシングのAI化は、「データに現れやすい」企業が早期に発見される一方、「データに現れにくい」初期ステージの企業にとってはVCとの直接的な人間関係がより重要になることを意味する。

    Conclusion

    AIがVC業務において代替するのは、情報収集だけではない。定性判断の領域にもAIの関与は広がりつつあり、「判断は人間の領域」という前提自体が再検討を迫られている。

    人間に残るのは、関係性の起点——「この人と一緒にやりたい」という意思——と、責任の引き受け——「これにする」という決断とその帰結を負うこと——の2つである。自動運転と同じく、VC業務においても「人間が介在しないことがリスク」から「人間が介在することがリスク」への転換が起きうる。

    VC業務におけるAI活用を考える際に必要なのは、「AIがどこまで来たか」ではなく、「人間が不可欠な領域は本当にどこか」を問い直すことである。



    References and Further Reading

    VC意思決定研究

    AI活用VC事例

    • EQT Motherbrain — EQTの独自ML基盤ソーシングプラットフォーム。2016年開発開始、数千万社規模のデータを分析。Henrik Landgrenインタビュー(VentureBeat)
    • SignalFire Beacon — データドリブンVCの独自データプラットフォーム。8,000万社以上・6億人以上を追跡。チームの約20%がデータサイエンティスト/エンジニア
    • Correlation Ventures — 統計モデルによる共同投資判断、約2週間の意思決定ターンアラウンド
    • Davidovs Venture Collective(DVC) — アナリストをAIエージェント+170人超のLPネットワークで代替。シード120社超投資後、$75M Series A/Bファンドを組成(FoundersToday, 2025

    VCプラットフォームモデル

    • Andreessen Horowitz — プラットフォーム型VCの先駆。100名以上(ピーク時は150名規模とも言われる)の非投資プロフェッショナルを擁したが、近年はプラットフォーム組織のスリム化も報じられている
    • Insight Partners Onsite — 約100人のオペレーション支援チーム。GTM、プライシング、プロダクト戦略(Insight Partners公式資料)

    学術研究・書籍


    Disclaimer: 本稿における見解はすべて筆者個人のものであり、所属先を含むいかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報のみに基づいています。

  • 政府系VCとLPはどのような条件下で民間VCに追加的な価値を発揮できるのか

    政府系VCとLPはどのような条件下で価値を発揮できるのか

    Introduction

    政府系資本がスタートアップ投資に関与する場面は、世界的に増えている。EIF(欧州投資基金)は欧州VCファンドの40〜50%にLPとして参加し、日本でもJIC(産業革新投資機構)やNEDOの支援事業を通じた資金供給が拡大している。一方で、日本では14の官民ファンド中約半数が累積損失を計上し(会計検査院, 2018年検査)、A-FIVE(農林漁業成長産業化支援機構)は2025年の解散が決定した。

    「官民ファンドは無駄か否か」という問いは精度が低い。政府系資本が機能するか否かは、3つの条件軸で決まる。

    1. フェーズ: Valley of Deathに位置する技術か、民間資本が十分に流れている領域か
    2. 領域: 正の外部性が大きい領域か、エコシステムと非整合な領域か
    3. 時間軸: 長期コミットメントが保護されているか、政治サイクルと衝突するか

    3軸すべてで「追加的価値がある側」に位置するとき、政府系資本は民間VCに対して構造的な補完機能を果たす。1軸でも「機能しない側」に倒れると、設計全体が瓦解しやすい。前稿ではVCのファンド構造とディープテック投資の時間軸の不適合を分析したが、本稿ではその対応策としての政府系資本を正面から扱う。

    3つの条件軸: フェーズ・領域・時間軸

    以下の図は、政府系資本が追加的価値を持つ条件を3軸で整理したものである。各軸について「機能する条件」と「機能しない条件」を対称的に示す。

    Fig. 1: Three Structural Conditions — 政府系資本が追加的価値を持つ3つの条件軸と、各軸の成功/失敗条件

    軸1: フェーズ——Valley of Deathか、民間資本が届く領域か

    構造

    政府系資本が最も正当化されるのは、公的研究資金と民間VCの間に構造的な資金ギャップが存在する場面である。NASAのTRLフレームワークでいえばTRL 4〜7——技術の実用化可能性が示されてから商用化に至るまでの段階であり、公的研究資金にとっては「出口」、民間VCにとっては「早すぎる」領域にあたる。

    機能する場合

    NEDOのDTSU(ディープテック・スタートアップ支援事業、総予算930億円、FY2023-2032)は、この資金ギャップに段階的に対応する設計を持つ。STS(シード期)→PCA(事業化直前)→DMP(量産実証)の3段階で、各段階にマイルストーン評価を置き、補助率2/3〜1/2で民間資金の並走を求める。米国のSBIR(年間約$37-40億)も同様に、Phase I(実現可能性)→Phase II(本格R&D)→Phase III(商用化)の段階設計で、NRC調査(2008)ではDoD分野で約50%の商用化率を記録している。

    いずれもValley of Deathの「どの段階にいるか」を精密に識別し、そこに限定して資金を投入する点が共通する。

    機能しない場合

    逆に、民間VCが十分に機能しているフェーズに政府系資本が参入すれば、民業圧迫になる。カナダのLSVCC(労働組合系VC)は政府の税控除でカナダVC市場を支配する規模に成長したが、Cumming & MacIntosh(2006)の実証研究は、これが民間VCを構造的に排除したことを示している。日本のクールジャパン機構(累積損失約350億円超)も、民間のコンテンツファンドが参入可能な領域に公的資金を投じた側面があり、「Valley of Deathの補完」とは異なる介入だった。

    フェーズ軸の判定基準: 民間VCが合理的な投資行動で到達しない資金ギャップが構造的に存在するか。存在しなければ、政府系資本の追加的価値はない。

    軸2: 領域——正の外部性か、エコシステムとの非整合か

    構造

    気候変動対策、安全保障、公衆衛生——社会的リターンが大きいが財務リターンでは十分に捕捉できない領域では、民間投資家の合理的な行動が構造的な過少投資を生む。ここに政府系資本が「社会的リターンの代弁者」として介入する論理がある。

    機能する場合

    EIFはVC市場が未成熟だった欧州で「市場そのものを作る」役割を担った。累計900以上のVCファンドにLP出資し、特に初回ファンドではLP参加率が約60%に達する。欧州にVCエコシステムが存在しなかった時代に、EIF自体が「エコシステムのインフラ」として機能し、民間LPの参入を後押しした。触媒比率は€1あたり€4-5の民間資本を動員している(EIF Annual Report 2023)。

    Bpifrance(フランス)は、フランス固有の課題——機関投資家のVC配分がほぼゼロ——に対し、Tibi Initiative(2020年〜)を通じて保険・年金等の機関投資家から累計€130億のVC配分を引き出した。資金の量だけでなく、機関投資家の行動を変える制度設計が触媒効果を生んだ事例である。

    機能しない場合

    「戦略的」と名付けられた領域が、実際には正の外部性を持たない場合、介入の正当性は崩れる。A-FIVEは「6次産業化」(農林漁業の付加価値向上)を目的に設立されたが、小規模農業法人へのエクイティ投資はVCモデルに構造的に馴染まず、累積損失が拡大して解散に至った。問題は農業支援の是非ではなく、エクイティ投資という手法と対象領域の不整合にある。

    INCJの事例も同型である。「イノベーション促進」を掲げながら、結果としてJDI(ジャパンディスプレイ)のような経営不振企業の事業再編に約2,000億円超が投じられた。既存事業の統合は「正の外部性が大きいが民間資本が届かない領域」ではなく、介入領域の選定ミスが構造的に損失を生んだ。

    領域軸の判定基準: 社会的リターンが財務リターンを大幅に上回り、かつ民間資本の合理的行動では過少投資になる領域か。政治的に「戦略的」と名付けるだけでは外部性は生まれない。

    軸3: 時間軸——長期コミットメントか、政治サイクルとの衝突か

    構造

    民間VCのファンド期間は通常10年、ディープテック領域ではそれ以上を要する。前稿で分析した通り、ディープテック企業がシードからSeries Dに到達するまでに約95ヶ月を要する。一方、政府の予算サイクルは3〜5年であり、選挙・政権交代・予算査定がプログラムの一貫性を脅かす。

    この時間軸の衝突は、CVCにおける親会社の経営陣交代と同型の問題である。政府系資本に固有なのは、衝突の原因が「市場の論理」ではなく「政治の論理」である点にある。

    機能する場合

    イスラエルのYozma(1993年)は、この衝突を制度設計で回避した好例である。政府は$1億を10ファンドに出資し、民間GPに投資判断を完全に委ねた。核心は、5年で政府持分の民間買取を可能にするサンセット条項にあった。これにより「政治サイクルが変わっても民間がプログラムを引き継ぐ」構造が組み込まれ、実際に5年以内に民営化された。

    NEDOのDTSUが10年基金方式を採用しているのも、時間軸の保護を意図した設計である。KfW Capital(ドイツ)はpari passu条件(民間と同額・同条件)で投資することで、政府の裁量を最小化し、時間軸の政治化を抑制している。

    機能しない場合

    オーストラリアのIIF(Innovation Investment Fund)は、政権交代のたびにプログラム設計が変更され、ファンドマネージャーの長期計画策定を困難にした。英国の地域VCファンド(RVCF)は地域分散という政治的要請により、投資機会の薄い地域への配分を強いられた。いずれも、投資の論理が政治の論理に従属したケースである。

    JIC(産業革新投資機構)の2018年の危機は、時間軸の問題とガバナンスの問題が同時に噴出した事例である。設立時に経産省と合意した「民間並みの報酬・独立性」が、発足後の政治的圧力で反故にされ、田中正明CEO以下取締役9名が一斉辞任した。約2年の機能停止を経て再始動したが、この事例は「政治的に約束された独立性」が構造的に脆弱であることを示している。

    時間軸の判定基準: 10年以上の長期コミットメントが、制度設計(基金方式、サンセット条項、独立ガバナンス)によって政治サイクルから保護されているか。

    介入の手法——LP・GP・Buyerはどの軸を補完するか

    3つの条件軸が「どこに政府系資本が必要か」を示すのに対し、介入の手法は「どのように補完するか」を示す。主な手法は3つに類型化できる。

    LP型(政府がVCファンドに出資): 政府はGPの投資判断に関与せず、リスクの引き受けと民間資本の呼び水に徹する。ファーストロス(損失を先に吸収)、アンカーLP(最初の出資者として他を牽引)、pari passu(同条件で並走)などの設計がある。Brander, Du & Hellmann(2015)が25カ国25,000社超を対象に行った実証分析では、政府系VCと民間VCの混合投資が最良の成果を上げ、政府系VCのみの投資は成功Exit率が最も低い。

    GP型(政府が直接投資判断に関与): 共同投資やマッチングファンドを通じて個別案件に直接関与する。In-Q-Tel(1999年CIA設立の非営利VC、累計600社以上に直接投資、共同投資倍率$1:$3-5)が代表例である。LP型より特定領域への政策誘導力が強いが、投資判断の質が政府側の能力に依存する。

    Buyer型(政府が最初の顧客になる): 資金供給ではなく需要創出である。DARPAのプログラムマネージャー制やSBIRの3段階助成は、技術の「動く証明」と「売れる証明」のギャップを、政府が最初の購入者となることで埋める。

    以下の図は、各手法がどの条件軸を補完するかを示す。

    Fig. 2: Intervention × Three Axes — LP/GP/Buyer型の3手法が3条件軸のどれを補完するかを示すマッピング

    触媒的資本のレバレッジ比率は、制度設計・リスク分担構造・測定方法に依存する。EIFの実績では€1あたり€4-5(EIF Annual Report 2023)、Convergence(2022)の759件の取引データベースに基づく分析では平均$1:$4.1であり、手法によって幅がある。重要なのは、手法の選択が3軸の診断に基づくべきだという点である。Valley of Death(フェーズ)の補完にはLP型やBuyer型が適し、外部性の大きい領域の市場形成にはLP型が適し、特定の政策領域への重点配分にはGP型(共同投資・マッチングファンド)が適し、時間軸の保護にはBuyer型やサンセット条項付きLP型が適する。

    この構造分析から何が言えるか

    3軸のフレームワークは、「量の問題」と「設計の問題」を峻別する。日本の官民ファンドに対する批判の多くは、量ではなく設計——介入領域の選定(フェーズ軸・領域軸)と、政治的独立性の確保(時間軸)——に起因している。

    政策設計者に対して: 新たな政府系ファンドを設計する際、3軸の診断を事前に行うべきである。市場の失敗は本当に存在するか(フェーズ)。正の外部性は政治的レトリックではなく構造的に存在するか(領域)。長期コミットメントを保護する制度的仕組みはあるか(時間軸)。Lerner(2009)がBoulevard of Broken Dreamsで示した教訓は明快である——政府系VCの失敗は偶然ではなく、予測可能なパターンに従う。

    VCに対して: 政府系LPはアンカーLPとして初号ファンドの組成を可能にする場合がある(EIFは欧州の初回VCファンドの約60%にLPとして参加)。ただし、政策目的との整合を求められる場面があり、投資裁量とのバランスを事前に確認すべきである。

    スタートアップに対して: 政府系プログラムの設計構造——どのフェーズを、どの手法で支援するか——を理解したうえで、自社の資金調達戦略の中に位置づけることが有効である。

    Conclusion

    政府系資本が民間VCに追加的な価値を発揮する条件は、3軸で構造的に整理できる。

    フェーズ: Valley of Deathに位置し、民間資本が構造的に届かない段階であること。領域: 正の外部性が構造的に存在し、民間投資が過少になる領域であること。時間軸: 長期コミットメントが制度設計によって政治サイクルから保護されていること。

    3軸すべてで「追加的価値がある側」に位置するとき、政府系資本はEIFの€1:€4-5やBpifranceのTibi€130億のような触媒効果を実現する。1軸でも外れれば——Valley of Deathではない領域への介入、外部性なき「戦略的」産業への投資、政治サイクルに脆弱なガバナンス——設計は瓦解する。

    問いは「政府系資本の是非」ではなく「3軸のどこに位置するか」にある。



    References and Further Reading

    触媒的資本

    欧州の政府系LP

    米国の需要創出モデル

    日本の政府系ファンド

    学術文献

    • Lerner, J. — Boulevard of Broken Dreams (Princeton University Press, 2009年) 政府系VCの成功条件と失敗パターン
    • Brander, J.A., Du, Q., Hellmann, T. — “The Effects of Government-Sponsored Venture Capital: International Evidence” (Review of Finance, 19(2), 571-618, 2015年) 25カ国25,000社超、混合投資が最良の成果
    • Cumming, D., MacIntosh, J. — “Crowding Out Private Equity: Canadian Evidence” (Journal of Business Venturing, 21(5), 569-609, 2006年) LSVCCの民間VC排除効果

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。

  • ディープテック投資はなぜ既存のVCモデルと合わないのか

    ディープテック投資はなぜ既存のVCモデルと合わないのか

    Introduction

    ディープテック投資には、ひとつの逆説がある。

    BCGが2023年にPreqinのデータを用いて行った分析(An Investor’s Guide to Deep Tech、従来テック911ファンド vs ディープテック特化164ファンド)によれば、ディープテック特化VCファンドの非加重平均IRRは約25%であり、従来テックファンドの約26%とほぼ同等である。Exit構成も企業買収(従来テック53% vs ディープテック51%)、IPO(36% vs 31%)と大きな差はない。リターンの水準だけを見れば、ディープテックは十分に魅力的な投資対象である。

    にもかかわらず、ディープテック投資がVCにとって構造的に難しいのは、同じリターンを得るのに必要な時間が長いからである。同じBCGの分析は、ディープテック企業がシードからSeries Dまでの各ラウンド間で、従来テック企業より25〜40%長い時間を要することを示している。シードからSeries Dまでの累積では約95ヶ月に対し、従来テックは約75ヶ月である。

    本稿の中心的な主張はこうである。ディープテック投資の難しさは技術リスクではなく、VCのファンド構造が前提とする時間軸と、ディープテック投資が必要とする時間軸の構造的不適合にある——しかもリターン自体は見劣りしない。

    前稿ではCVCの構造的課題を分析し、CVCが長期時間軸での投資に強みを持ちうることを指摘した。本稿ではその対極——独立VCの時間軸制約——を正面から分析する。

    ソフトウェアとディープテック: 時間の構造が違う

    議論の前提として、ソフトウェア/SaaS型スタートアップとディープテック企業の時間軸を対比する。

    項目ソフトウェア / SaaSディープテック
    技術実証 / PMF1〜2年3〜7年
    Seed → Series D約75ヶ月(BCG 2023)約95ヶ月(BCG 2023)
    Exit までの期間中央値 5〜9年中央値 9年超、セクターにより10〜20年
    主なリスク市場リスク、実行リスク技術リスク、スケールリスク、規制リスク
    各ステージの失敗率Seed→A: ~90%, A→B: ~70%Seed→A: ~95%, A→B: ~80%(BCG 2023)
    プロダクトの性質ソフトウェア80%超が物理プロダクト(BCG 2023)
    IRR(非加重平均)約26%(従来テックVC)約25%(ディープテック特化VC)

    注目すべきは最終行である。IRRが約25% vs 約26%——リターンの水準に有意な差はない。しかし表の上半分を見れば、そのリターンに到達するまでの時間と、途中の失敗確率には明確な差がある。

    問題はリターンではなく、そのリターンに到達するまでの時間である。この逆説が、以降の議論の出発点になる。

    ディープテックとは、科学的発見・工学的ブレークスルーに基づく技術で、商用化に長期の研究開発を要するものを指す。量子コンピューティング、核融合、合成バイオロジー、先端素材、クリーンエネルギーなどが典型例である。セクター別の時間軸を見ると、その長さが具体的にわかる。

    • 医薬品: 発見から承認まで平均10〜12年。Phase I(2.3年)→ Phase II(3.6年)→ Phase III(3.3年)→ 承認審査(1.3年)。疾患領域によって9.2〜12.2年の幅がある(PMC査読論文)
    • エネルギー技術: インキュベーションから製造段階まで8〜10年(IEA / Frontiers in Energy Research, 2022)。商用スケールのプラント建設にはさらに時間がかかる
    • 先端素材: 初期の材料発見から最初の商用化まで10〜20年、本格的な生産規模の確立にはさらに5〜10年(DOE / National Academies)

    これらのタイムラインには、研究開発だけでなく、規制承認、サプライチェーン構築、インフラ整備が含まれる。技術が「動く」ことの証明と「商用化できる」ことの証明は、別の時間スケールの問題である。

    VCモデルの時間設計: なぜ10年なのか

    VCのファンド構造は、LPへのリターンを一定の期間内に実現するために設計されている。この構造を時間軸の観点から整理する。

    10年ファンドの内部構造

    VCファンドはLP(資金の出し手)とGP(運営者)で構成される。標準的なファンド期間は10年。前半の3〜5年が投資期間、後半がハーベスト期間(Exit・分配)にあたる。多くのファンドは1〜3年の延長条項を持つが、LP承認を要し無制限ではない。

    ファンドのリターンは「J-curve」パターンをたどる。設立から数年間はマネジメントフィー(通常2%)と未実現損失でNAVがマイナスに沈み、Year 6頃からExitが始まって曲線が上向く。

    IRR最大化と時間の関係

    ここで重要なのは、VCのパフォーマンス指標であるIRRが時間の関数であるということだ。IRRは、同じ倍率(MOIC)のリターンでも、それをより短期間で実現するほど高くなる。10年で3倍のリターンを出すファンドと、20年で3倍のリターンを出すファンドでは、MOICは同じでもIRRは大きく異なる。

    この性質がGPのインセンティブ構造に直結する。GPの主要報酬であるキャリー(成功報酬、通常リターンの20%)はExitが実現して初めて発生する。加えて、GPが次号ファンドを調達する際にはIRRが評価基準になる。つまり、GPにとっては「大きなリターンをゆっくり得る」よりも「そこそこのリターンを早く得る」ほうが合理的な場合がある。

    この構造の下では、時間のかかるディープテック投資はGPにとって二重の不利を生む。リターンまでの時間が長いためIRRが下がり、次号ファンドの調達も難しくなる。優秀なGPほどこのインセンティブを理解しているため、ディープテック投資比率を自主的に制限する合理的な理由がある。

    10年ファンドの現実

    なお、10年という期間は法的な標準であって、実態とは乖離している。Silicon Valley Bankの2025年前半の市場レポート(State of the Markets H1 2025)のデータに基づくUnlisted Intelの分析によれば、トップクォータイルの米国VCファンドが完全にLPへ資本を返還するまでに16〜20年を要するようになっている。PitchBookも2024年Q4のアナリストノートで「10年ファンドの変容する経済性」を正面から分析し、米国ユニコーン企業の約40%が設立9年以上であることを指摘している。10年のファンド期間は、もはやソフトウェア投資であっても十分とは言えなくなりつつある。ディープテックでは、この制約がさらに深刻になる。

    構造的不適合: 何がどこで衝突するか

    以上を踏まえると、VCのファンド構造とディープテック投資の間には、具体的に以下の不適合がある。

    なお、以下に述べる不適合は、VCの構造が「間違っている」ことを意味しない。VCの10年ファンド、IRRベースの評価、キャリーによるインセンティブ設計は、いずれもLPへの受託者責任を果たすための合理的な仕組みであり、ソフトウェア投資においては効果的に機能してきた。問題は、この合理的な構造がディープテックの時間特性と組み合わさったときに、意図せず不適合を生じさせるという点にある。

    ファンド期間と商用化期間のミスマッチ

    投資期間(前半3〜5年)にディープテック企業に投資した場合、ハーベスト期間(後半5〜7年)内にExitを実現する必要がある。しかし、投資時点でTRL 3〜5——概念実証が済み、実験室での検証が進行中だが、実環境での実証には至っていない段階——にある技術が、5〜7年で量産・商用化(TRL 9)に到達する保証はない。

    NASAが開発したTRL(Technology Readiness Level)のフレームワークで言えば、大学・公的研究機関がTRL 1〜4をカバーし、民間VCはTRL 7以上で関与するのが一般的である。TRL 4〜7のあいだには「Valley of Death」——公的資金にとっては「出口」、民間資本にとっては「早すぎる」段階——が存在する。Branscomb & Auerswald(2002)がNIST向け研究で指摘して以来20年以上、この構造的な資金ギャップは根本的には解消されていない。

    延長条項(+1〜3年)を加えても合計13年程度であり、医薬品開発(10〜15年)やエネルギー技術の商用化には足りない可能性が高い。

    J-curveの深化とGPのインセンティブ問題

    ディープテック企業は研究開発コストが大きく収益化が遅いため、ファンドのJ-curveはソフトウェアVCよりも深く長くなる。LP分配が遅れるとファンド評価が低くなり、GPの次号ファンド調達に直接影響する。前節で論じたIRRと時間の関係がここで具体化する。ディープテックに投資するほど次号ファンドの調達が難しくなるという構造的なインセンティブの逆転が生じうる。

    Exit構造の制約

    ディープテック企業のExit選択肢は構造的に狭い。売上・利益が不安定な段階でのIPOは困難であり(バイオテックは例外的に整備されている)、M&Aの買い手は特定産業の大企業に限られる。

    ディープテックExitの件数自体は増加傾向にある。TechCrunch / MFV Partners(2023)のデータでは、2013-2017年の年19件から2018-2022年の年49件へ増加し、ユニコーンExitは550%増加した。しかしソフトウェア領域と比較すると依然として規模は小さい。

    リスクの性質の違い

    ソフトウェアスタートアップのリスクは市場リスク(PMFが見つかるか)と実行リスクであり、1〜3年で判明する。VCのリスク評価フレームワーク——月次トラクション、KPI、マイルストーン——はこの種のリスクに最適化されている。

    ディープテックのリスクは質的に異なる。技術リスク(物理的に実現可能か)、スケールリスク(量産できるか)、規制リスク(承認を得られるか)は長期にわたって解消されない。BCG(2023)のデータでは、ディープテック企業は各ステージで従来テックより高い失敗確率を持つ(Seed→Series A: 約95% vs 約90%、Series A→B: 約80% vs 約70%)。しかも80%超が物理プロダクトを開発しており、エンジニアリングと量産のリスクが加わる。

    GPの専門性と投資可能領域の問題

    時間軸の問題に加えて、ディープテック投資にはもう一つの構造的な制約がある。技術評価の専門性(selection capability)の問題である。

    既存のVCの多くは、ソフトウェア投資に最適化された経験と評価軸を持っている。PMF、ユーザー成長率、MRR/ARR、チャーンレートといった指標は、ソフトウェアスタートアップの進捗を測るために洗練されてきた。しかし、「新しい触媒が工業スケールで機能するか」「この合成経路が量産に耐えるか」といった問いは、これらの指標では評価できない。

    バイオテックは例外的にこの問題を制度化によって乗り越えてきた。PhD保持者やMDを擁するGP、科学アドバイザリーボードの設置、FDA承認プロセスという共通の評価フレームワークの存在——これらにより、バイオテック投資に必要な専門性はVC業界内で蓄積・伝達される仕組みが一定程度構築されている。IPO市場もバイオテックに対応した仕組みを持っている。

    しかし、それ以外のディープテック領域——エネルギー、先端素材、ハードウェア、宇宙——では事情が異なる。これらの領域には3つの特徴がある。第一に、対象技術の範囲が極めて広く、ひとつのファンドが先端素材と核融合の双方を評価する専門性を持つことは現実的には難しい。第二に、評価軸が領域ごとに異なり、ソフトウェアのようにトラクション指標で横断的に比較することができない。第三に、Exitパターンが確立しておらず、投資判断の「成功の型」が業界内で共有されにくい。

    これはVCの「能力不足」ではない。ディープテックの各領域が、それぞれ固有の科学的知見を要求するという構造的な性質に起因している。なぜ専門性の蓄積が構造的に難しいかをもう一段掘ると、バイオテックとの対比が明確になる。バイオテックでは、臨床試験のPhase I→II→IIIという共通のステージ構造があり、業界横断的に「Phase IIデータが良い会社は投資に値する」という評価の文法が共有されている。一方、エネルギー技術の「パイロットプラント成功」と先端素材の「量産プロセス確立」は、名前は似ていても必要な専門知識がまったく異なる。共通の評価文法が存在しないため、ある領域で蓄積した知見が別の領域に転用しにくい。専門性のスケーラビリティが低いのである。

    評価できないものには、資本は配分されにくい。時間軸の問題とは別に、この専門性の壁がディープテック投資の構造的なボトルネックになっている。

    ファンド構造の設計選択肢

    構造的不適合が明らかであるならば、問いは「ディープテックに投資しないこと」ではなく「どのような資本設計であれば適合するか」に移る。以下に主要な選択肢を整理する。いずれも万能ではない。

    時間軸の問題に対するアプローチは、大きく3つに分類できる。

    1. 延ばす——ファンド期間そのものを長くする、あるいは期間の制約を取り除く(長期ファンド、エバーグリーン型)
    2. 入れ替える・つなぐ——ファンド期間を延ばすのではなく、途中で資本の担い手を交代させる(セカンダリー取引、事業会社との接続)
    3. 内製化する——投資対象の創出・育成プロセスを内部化し、時間軸そのものをコントロールする(Venture Creation)

    これらは排他的ではなく、組み合わせによって効果が高まりうる。以下、順に整理する。

    延ばす: 長期ファンド(15-20年)/ エバーグリーン型・パーマネントキャピタル

    最も直接的な対応は、ファンド期間そのものを延ばすことである。

    Breakthrough Energy Ventures(BEV)は20年のファンド期間を設定し、BEV I(約10億ドル)、BEV II(約12.5億ドル)、BEV III(約8.4億ドル)で気候技術に投資している。MIT発のEngine Venturesは18年のファンド期間で「Tough Tech」に投資し、AUM 10億ドル超。他にもFuture Ventures(15年)、Ahren Innovation Capital(最大15年)といった事例がある(BCG, 2021)。

    ただし、長期ファンドには固有の課題がある。BEVのLPはBill Gates、Jeff Bezos、Marc Benioffら推定総資産1,700億ドル規模の超富裕層個人であり、15〜20年の流動性制約を受容できる特殊なLP構成に依存している。機関投資家が主体のLP基盤でこのモデルが成立するかは、まだ見通せない。GP報酬の設計も複雑になる。IRRベースの評価が適用しにくい長期ファンドでは、GPのパフォーマンスをどう測定するかという問題が残る。

    長期ファンドの延長線上に、ファンド期間そのものを設けない構造がある。エバーグリーン型(またはパーマネントキャピタル)は、Exitによるリターンを再投資に回し、継続的に投資・回収を行う。ファンド満期によるExit圧力がないため、ディープテックの長い時間軸に対して構造的な親和性を持つ。

    ただし、エバーグリーン型には固有のガバナンス課題がある。Exit圧力の不在はGPの規律低下につながりうる。ファンド期間という「締め切り」がないぶん、投資判断の先送りや、成果の出にくいポートフォリオの温存が起こりやすい。LPにとっても、資本の回収時期が読めないため流動性の管理が難しくなる。加えて、パフォーマンス評価の基準が標準化されていないため、他のファンドとの比較が困難である。エバーグリーン型は時間軸の制約を解消するが、それと引き換えに規律と透明性の設計が問われる。

    入れ替える・つなぐ: セカンダリーと事業会社の活用

    時間軸の問題に対するもう一つのアプローチは、ファンド期間を延ばすのではなく、途中で資本の担い手を交代させることである。

    セカンダリー取引——既存投資家の持分を別の投資家に移転する取引——は、ファンド満期前に流動性を確保する手段として機能する。ディープテック投資においては、その意義は通常のVC投資以上に大きい。商用化までの期間が長いため、初期投資家がファンド期間内にExitできないリスクが構造的に高い。また、量産化・規制承認の段階で大規模な追加資金が必要になるが、初期のシードVCにはフォローオンの資金力が不足しがちである。セカンダリーを通じて持分が成長ステージに適した投資家に移れば、資本構成がステージに適合する。

    ここで重要な受け皿となりうるのが事業会社である。前稿で分析したように、事業会社(CVC含む)は特定産業における技術理解、量産・サプライチェーンの知見、規制対応の経験を持つ。これらはディープテック企業がTRL 5〜7の「Valley of Death」を越えるうえで不可欠な資源である。資本提携、戦略的出資、共同開発契約、あるいはオフテイク契約(将来の製品購入の確約)といった形で事業会社が関与することで、ディープテック企業はIPO/M&Aを待たずに成長の基盤を得られる。

    セカンダリーと事業会社の接続が連動すれば、シードVCがセカンダリー取引で持分を売却し、事業会社が戦略的出資を通じて新たな株主となる——という流れが成立する。シードVCは流動性を確保し、事業会社はスケール支援に注力し、スタートアップは途切れのない資本と事業支援を受けることができる。ディープテックの商用化に必要な時間そのものは変わらないが、複数の投資家がリレーのように資本を受け渡すことで、各投資家の時間軸制約と企業の成長段階を整合させる構造になる。

    ただし、この構造には両面で課題がある。ディープテック領域のセカンダリーマーケットは未成熟であり、バリュエーションの不透明性、買い手の限定性、取引コストの高さが残る。事業会社の関与にも、前稿で論じた構造的課題——意思決定の遅さ、戦略変更による支援の途絶、目的の二重性——が伴う。セカンダリーと事業会社の組み合わせは有望な選択肢だが、マーケットの厚みと適切な制度設計が前提になる。

    Venture Creation モデル

    上記とは異なるアプローチとして、投資対象そのものを内製化する構造がある。

    Flagship Pioneering(AUM 140億ドル、最新ファンド36億ドル)は、外部のスタートアップに投資するのではなく、社内で年間80〜100の研究仮説を立ち上げ、有望なものをProtoCo → NewCo → GrowthCoとして育成する。累計100社超を創業し、Moderna社もその一つである。

    Flagshipは従来型のLPファンド構造を使っている。差別化の核心は、社内に研究プラットフォーム(VentureLabs)を持ち、会社創業プロセスそのものを内製化している点にある。これにより、外部スタートアップの時間軸に依存せず、自らコントロール可能なタイムラインで技術を育成できる。前節で論じた専門性の問題も、社内に研究者を抱えることで部分的に解消される。ただし、Flagship固有の人材と研究基盤への依存度が高く、再現性の高いモデルとは言い難い。

    政府の役割: 資金の出し手と、最初の顧客

    ディープテック投資における政府の関与には、性質の異なる2つの経路がある。混同されがちだが、VCの時間軸問題に対する作用メカニズムが異なるため、分けて整理する。

    第一の経路: LP出資(資金供給側)

    民間LPが受容しにくい長期性・高リスク性を、公的資本がLP出資を通じて補完するアプローチである。政府はファンドの運営(GP)には関与せず、資金の出し手(LP)として民間VCに資金を供給する。

    欧州ではEIF(欧州投資基金)がETCIを通じて€200億超のモビライズを目指し、KfW Capital(ドイツ)はDeep Tech Future Fundとして最大€10億を民間と同条件(pari passu)で直接投資する。Bpifranceはフランスのシードファンドの34〜43%を占める触媒的役割を果たしている。日本ではJIC(産業革新投資機構)が49のファンドにLP出資を行い、NEDOがディープテック・スタートアップ支援事業(DTSU、総予算930億円、FY2023-2032)を通じてR&Dフェーズを3段階(STS: 実用化研究開発前期、PCA: 実用化研究開発後期、DMP: 量産化実証)で直接支援している。

    公的資本の意義は量だけでなく、「触媒的資本」としてファーストロスを引き受けることで民間LPのリスク許容度を上げる点にある(Tideline, 2019の推計: $1の触媒的資本で$3〜10の民間資本をモビライズ)。ただし、政治的サイクルとの連動や投資効率の評価の難しさは、公的資本に固有の課題である。

    第二の経路: 公共調達(需要創出側)

    資金供給とは異なるレイヤーで、政府は「最初の顧客(anchor buyer)」として機能しうる。特にエネルギー、防衛、宇宙といったセクターでは、技術が商用市場で受容される前の段階で、公共機関が調達者・実証パートナーとなることが、ディープテック企業の時間軸問題を間接的に緩和する。

    初期市場が未成熟なディープテック企業にとって、公共調達や実証プロジェクトの発注は、売上・技術検証・信用の3つを同時に提供する。米国のSBIR/STTRプログラムやDARPAの調達モデルは、研究開発資金だけでなく実質的な初期需要を創出する機能を果たしている。OECDの分析(2024)が指摘するように、公共調達はR&D助成金よりも大きなイノベーション促進効果を持つ場合がある。

    最初の顧客は、売上だけでなく「技術の正当性」を証明する。LP出資が「VCファンドの時間軸を延ばす」介入であるのに対し、公共調達は「ディープテック企業の商用化を早める」介入である。両者はVCの時間軸問題に対する異なるレイヤーの応答であり、組み合わせることで効果が高まる可能性がある。

    領域特化型の小規模ファンド

    これまで見てきた政府の役割が主として時間軸の制約に作用するのに対し、ここではディープテック投資におけるもう一つの制約——技術評価の専門性——に対する構造を検討する。

    ディープテック投資の専門性はひとつの大型ファンドに集約しにくいが、狭い領域に特化した小規模ファンドであれば成立しうる。BCG(2023)が「Genius Hunters」と分類する500社超のファンド(AUM $1億未満)は、それぞれが1〜2の投資テーマ——分子バイオテクノロジー、プラネタリーヘルス、食料・農業など——に集中し、研究機関との強い結びつきを持つ。個々の投資規模は$100〜500万と小さいが、投資対象への技術的理解は深い。

    この構造が示唆するのは、ディープテック投資のエコシステムは、少数の大型汎用ファンドではなく、多数の特化型ファンドの集合体として発展しうるということだ。個々のファンドが狭い領域で深い専門性を持ち、領域固有のリスクを精密に評価できるなら、その専門性そのものが超過リターン(アルファ)の源泉になる。ソフトウェアVCでは情報やネットワークの優位がアルファを生んできたが、ディープテックでは科学的知見と技術評価力がそれに代わる可能性がある。エコシステム全体としてのディープテック投資の厚みは、ひとつのファンドの規模ではなく、特化型ファンドの多様性と数によって決まるのかもしれない。

    もちろん、小規模特化型ファンドには固有の課題もある。フォローオン投資の資金力が限られるため、成長ステージでは大型ファンドとの連携が不可欠になる。また、ファンドの数が増えてもValley of Death(TRL 4〜7)の資金ギャップが自動的に埋まるわけではない。しかし、バイオテックが専門性の制度化によってVC投資を成立させてきたように、他のディープテック領域でも——まずは小規模な特化型ファンドの集積を通じて——専門性の基盤が形成されつつある。

    このような専門性の分化は、投資判断の精度を高めるだけでなく、技術リスクの見極めを早期化することで、結果として時間軸の不確実性を低減する可能性がある。

    この構造分析から何が言えるか

    ここまでの分析が示す帰結を、ステークホルダー別に整理する。

    VCについて言えること: 標準的な10年ファンドの中に「ディープテック枠」を設けるだけでは構造的不適合は解消しないが、だからといってVCがディープテック投資から排除されるわけではない。BCG(2023)のデータが示すように、リターンの水準自体は従来テックと遜色がない。問題は構造であって、ポテンシャルではない。時間軸の問題への対応は「延ばす」と「入れ替える・つなぐ」に整理でき、長期ファンドやエバーグリーン型だけでなく、セカンダリーと事業会社を組み合わせた資本の入れ替えも選択肢になる。特化型の小規模ファンドが深い技術知見に基づいてシード投資を行い、成長ステージではセカンダリーや事業会社を介して資本と支援の担い手が移行する——こうした多層的なエコシステムが形成されれば、標準モデルを変えずとも、ディープテック投資の厚みは増しうる。BCG(2023)の投資家類型が5つに分かれていること自体が、単一モデルでは対応できない領域に複数のアプローチが並立する現実を映している。

    LPについて言えること: ディープテック投資を支援するLPは、流動性制約の受容が前提になる。ポートフォリオ全体の中で「リターンまで15〜20年」を評価できるLPは限られる。BEVの事例が示すのは、現時点で長期ファンドを支えているのは機関投資家ではなく超富裕層個人であるという事実である。ただし、この制約はLPの構成によって変化しうる。政府系機関や事業会社といった主体は、財務リターン以外の目的——産業政策、技術獲得、サプライチェーン確保など——を持つため、純粋な金融投資家よりも長期の時間軸を取りやすい。こうしたLPが資本の一部を担うことで、ファンド全体としての時間軸制約は緩和されうる。すなわち、LP構成そのものが時間軸の設計要素となる。

    スタートアップについて言えること: 資金調達先のファンドの残存期間は確認に値する。ファンド終了間際のVCからの資金は、フォローオンや支援の途絶リスクを伴う。BCG(2023)のデータが示すように、$10億超の大型ファンドでも平均42%がマルチラウンド投資を行っている。ディープテック企業にとっては、1回の調達よりも投資家との長期的な時間軸の整合が重要になる。加えて、IPO/M&Aだけを最終ゴールとせず、成長過程での事業会社との資本提携やセカンダリーによる株主構成の最適化を視野に入れた資本戦略が求められる。

    政策について言えること: 政府系LPの量的拡大は進んでいるが、より重要なのは触媒的資本としての制度設計が機能するかどうかである。NEDOのDTSUのような3段階設計はValley of Deathへの直接介入として注目に値する。加えて、政府が調達者・実証パートナーとして需要側から市場を創出する機能は、資金供給とは異なるレイヤーでVCの時間軸問題を緩和しうる。

    Conclusion

    ディープテック特化ファンドのIRRは約25%、従来テックは約26%——リターンは同等である。にもかかわらず、VCの標準的なファンド構造は、ディープテック投資が必要とする時間軸と構造的に適合しない。

    10年のファンド期間、IRRベースのGP評価、J-curveのパターン——これらはいずれもLPへの受託者責任に基づく合理的な設計であり、ソフトウェア投資には有効に機能してきた。ディープテックとの不適合は、この合理的な構造の帰結として生じている。時間軸の問題に加え、バイオテック以外の領域ではGPの専門性を蓄積する制度的インフラも未整備である。

    BEVの20年ファンド、Engine Venturesの18年ファンド、Flagship Pioneeringの社内創業モデル、各国政府系LPの触媒的資本と公共調達——代替構造の実験は始まっている。加えて、エバーグリーン型による期間制約の除去、セカンダリーと事業会社を組み合わせた資本の入れ替え——時間軸の問題に対するアプローチは「延ばす」だけでなく「入れ替える・つなぐ」へと多様化しつつある。しかし、これらはいずれも発展途上であり、VCエコシステム全体の標準を変えるには至っていない。

    問題はリターンの水準ではなく、そのリターンに到達するまでの構造にある。ディープテックの難しさは、技術の問題ではなく資本の設計の問題として捉え直す必要がある。それは個別ファンドの工夫ではなく、LP・GP・事業会社・政策・市場インフラを含むエコシステム全体の設計問題である。


    References and Further Reading

    本稿の議論に関連する参考資料を以下に示す。

    ディープテック市場・IRR・時間軸

    VC構造・ファンド期間

    Exit年数データ

    TRL・Valley of Death

    長期ファンド事例

    ディープテック投資の実務・起業戦略

    • 東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)— 『サイエンス・テクノロジー領域の起業戦略』(日本経済新聞出版)
      研究成果の事業化プロセスを投資家・起業家双方の視点から体系化、大学発スタートアップの成長段階、実務的な課題を整理 https://www.amazon.co.jp/dp/4296123866

    政府系LP・触媒的資本

    公共調達とイノベーション

    セクター別タイムライン

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。

  • CVCはなぜ期待通りに機能しないのか

    Introduction

    事業会社によるスタートアップ投資——CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)は、コーポレートイノベーションの代表的な手法として定着しつつある。外部から新規事業の種を取り込み、事業シナジーを生み、同時に財務リターンも得る。設立時のCVCにはそうした期待が込められる。

    しかし現実には、設立から数年で縮小・撤退するCVCが少なくない。ドットコムバブル後には500を超えるCVCの推定64%が非アクティブ化した。この問題はしばしば「担当者の力量不足」「経営層のコミットメント不足」として語られるが、同じ課題が繰り返し発生している以上、個人に帰責する前に制度の構造を見る必要がある。

    本稿では、事業会社の組織構造とスタートアップ投資の性質の不適合を4つの切り口から整理する。

    Landscape

    CVC投資の規模はグローバルで拡大している。2025年にはCVC支援ディールの総額が2,290億ドルに達し(GCV Analytics)、スタートアップ資金調達の約5分の1にCVCが参加している。日本でもCVCは200社を超えた。

    しかし全体の規模拡大と個々のCVCの持続性は別の問題である。ユニコーン5社を輩出したSAP.iOでさえ2024年に閉鎖された。Exit率はSVBの調査によれば近年大幅に低下しており、CVC投資先が既存CVC投資家に買収される比率は2000年以降で4%に満たない。

    CVCは「事業会社がVCの手法を借りた投資活動」と見なされがちだが、その構造はVCと根本的に異なる。この構造の違いが、成果の出にくさの原因になっている。

    Structural Challenges

    CVCが構造的に成果を出しにくい理由は、以下の4つに整理できる。

    CVC Structural Challenges

    1. 意思決定構造の不適合

    SVBの2025年CVC調査では、51%のCVCが意思決定の速度と効率性を持続的な課題として挙げている。

    事業会社の投資承認プロセスは、稟議、投資委員会、経営会議といった複数のガバナンス層を通過する。これは事業上の投資判断としては合理的だが、スタートアップ投資の速度には合わない。独立VCではGPの裁量で投資が実行されるのに対し、CVCでは親会社が日常的に投資判断に関与する。この速度差はディールフローの質に直結する。優良案件ほど複数のVCが競合し、意思決定に数ヶ月を要するCVCは構造的に不利になる。

    Bainの分析によれば、成功しているCVCほど独立した法的エンティティとして親会社の意思決定構造から切り離されている。しかしこの独立性は、経営資源の使途を統制するという事業会社のガバナンス原理と緊張関係にある。速度を求めれば統制が弱まり、統制を求めれば速度が犠牲になる。この二律背反が意思決定構造の本質的な課題である。

    2. 目的の二重性

    CVCは「財務リターン」と「事業シナジー」という2つの目的を同時に追う。この二重目的がCVCを独自の存在にしているが、同時に構造的な矛盾の源泉でもある。

    財務リターンを最大化するなら、最もリターンの高い案件に投資すべきであり、自社事業との関連性は二次的になる。事業シナジーを追求するなら、自社事業に近い領域に限定すべきだが、投資ユニバースは大幅に狭まる。

    どちらを優先するかが明確でないまま運営されるCVCは多い。目的が未定義であれば、投資判断の一貫性は保てない。

    加えてCVCの目的は固定的ではない。親会社の経営陣の交代や事業戦略の転換で、CVCに求められる役割自体が変わる。目的の不安定さは投資方針の一貫性を損ない、投資先との信頼関係にも影響する。

    3. 評価指標の曖昧さ

    CVCの「成功」を何で測るかが定義されていないケースは多い。Kauffman Fellowsの調査では、測定可能な財務目標を設定していたのは調査対象20社中14社にとどまり、「自社がVCを理解している」と回答したのはわずか6社であった。

    評価の難しさは目的の二重性と直結している。財務リターン(IRR、MOIC)で測れば独立VCとの比較が避けられず、多くのCVCにとって不利な土俵になる。事業シナジー(PoC数、技術導入、事業連携)で測れば因果関係の立証が困難になる。投資先との連携で事業部の売上が伸びても、それが投資によるものか他の要因かを切り分けることは容易ではない。

    評価基準の曖昧さの帰結は深刻である。経営層が「このCVCは成果を出しているのか」を判断できず、業績悪化時に真っ先にコスト削減の対象になる。成果を示せなければ組織内の発言力は弱まり、事業部門との連携も困難になる悪循環が生じる。

    4. 人事・時間軸の構造問題

    この時間軸の問題は、CVC部門そのものの持続性にも表れている。Song Ma (2020) の分析によれば、CVC部門の存続期間の中央値は4年であり、約半数が設立から3年以内に積極的な投資活動を停止している。独立VCのファンド期間が通常10年であることを踏まえると、CVCは戦略的価値が十分に実現される前に活動が中断されるリスクを構造的に抱えている。

    事業会社の人事ローテーションは2〜3年が一般的だが、VC投資の成果発現には7〜10年を要する。この時間軸の不一致がCVC活動の持続性をさらに損なう。

    CVC担当者は成果を見届ける前に異動し、後任は前任の投資判断の背景を十分に理解できないまま引き継ぐ。知見の蓄積が途切れ、同じ試行錯誤が繰り返される。前稿で指摘した「グローバル経験者の循環」の問題と同型の構造である。

    報酬設計にも構造的な問題がある。独立VCではキャリー(成功報酬)が長期コミットメントを促すが、事業会社の給与体系にはこの仕組みが組み込みにくい。GCVの調査によれば、シンセティック・キャリー(擬似的な成功報酬制度)を提供しているのは独立法人化したCVCの一部にとどまり、大多数は固定給と親会社株式のみである。投資プロフェッショナルがCVCに長期的に留まるインセンティブは構造的に弱く、CVC経験者が独立VCや起業に流れ、事業会社側に経験値が残りにくい循環が生じている。

    CVC vs Independent VC

    以上の構造的課題を、独立VCとの対比で整理する。

    Independent VC vs Corporate VC

    CVCの課題の多くは、事業会社の組織構造を投資活動にそのまま適用したことに起因している。独立VCの構造がすべて正解ではないが、投資活動に適した構造設計の有無が成否を分ける。SVBの調査で19%のCVCが外部資金調達による独立化を検討していることは、この構造問題への実務的な応答と言える。

    Why CVC Can Still Matter

    ここまで構造的な課題を整理してきたが、CVCが存在し続ける理由——そしてCVCにしか発揮できない価値——にも目を向ける必要がある。CVCは独立VCの劣化版ではない。適切に設計されれば、VCとは質的に異なる価値を生む、企業戦略としての資本配置メカニズムである。

    第一に、独立VCには取りにくい長期時間軸での投資が可能である。独立VCはファンド期間(通常10年)に縛られ、その期間内にExitを実現しなければならない。この制約は、ディープテック、規制産業、インフラ、バイオなど成果発現に長期を要する領域での投資を構造的に難しくしている。CVCがバランスシートから投資する場合、この時間的制約は存在しない。VCが入りにくい領域にこそ、CVCの資本が本質的な意味を持つ。

    第二に、企業が保有する事業アセットの活用がある。顧客基盤、業界固有のデータ、サプライチェーン、ブランド、規制対応のノウハウ——これらは資金を出すだけの独立VCには提供できない資産である。事業部門との連携が機能すれば、スタートアップの成長を資金以外の形で加速できる。メタ分析(32研究、105,950件の観察を統合)でも、CVC投資は戦略的パフォーマンスとは正の相関がある一方、財務リターンとの有意な関係は確認されていない。CVCの価値は財務リターンの模倣ではなく、事業アセットを通じた戦略的価値の創出にある。

    第三に、事業理解を前提とした投資テーマの設定がある。特定の産業領域において、事業会社は独立VCよりも深い技術理解と市場理解を持っている。どの技術が実用に耐えるか、どの市場課題が本当に解決可能か——この判断において、現場を持つ事業会社のほうが精度の高い仮説を立てられる場合がある。投資テーマの設定そのものが差別化になりうる。

    ただし、これらの強みはいずれも「構造が適切に設計されている場合」に限って発揮される。時間軸の自由度は、親会社の業績悪化で一瞬にして失われる。事業アセットの提供は、事業部門との連携がなければ絵に描いた餅である。強みの存在と、それを活かす組織設計は、別の問題である。

    Implications

    この構造分析は、各ステークホルダーに異なる示唆を持つ。

    事業会社にとっての最初の一歩は、CVCの目的を明確に定義することである。財務リターンを主目的とするのか、事業シナジーを主目的とするのか。この定義が曖昧なまま運営を続けることが、多くの構造的課題の起点になっている。目的が定まれば、意思決定構造・評価指標・人事制度は従属変数として設計できる。

    また、直接投資をすべて自前で行う必要はない。Andrew Romansは『Masters of Corporate Venture Capital』の中で、CVCの初期段階では各地域のVCファンドにLP出資するファンド・オブ・ファンズ(FoF)型のアプローチを推奨している。自社で投資チームを立ち上げる前に、まずVCファンドへのLP出資を通じてエコシステムとの接点を築き、投資の知見を蓄積するという段階的なアプローチである。探索フェーズにおいては、直接投資よりもリスクが限定的であり、多様な地域・領域へのアクセスを同時に得られる利点がある。

    「VCの真似」ではなく、自社の事業構造と投資目的に合った形を設計すべきである。

    スタートアップにとっては、CVC資金を受ける前にCVCの構造的制約を理解しておくことが重要になる。意思決定の速度、事業シナジーへの期待、担当者の異動リスク、「色がつく」リスク(特定の事業会社の出資を受けることで競合との取引が制約されるリスク)——これらはCVCの制度に内在する特性である。一方で、業界知見、顧客へのアクセス、共同開発の機会といったCVC固有の価値もある。構造を理解したうえで、得られる価値と天秤にかけることが現実的な判断になる。

    政策の観点では、CVC設立の「数」を重視する段階から、運営の構造設計を支援する段階への移行が求められる。評価フレームワークの整備、事業会社とVCの人材交流の制度的支援——こうした構造的な障壁を下げる施策のほうが、設立補助金よりも実効性が高い可能性がある。

    Conclusion

    CVCが期待通りに機能しにくい理由は、担当者や経営者の個人的な問題に帰着できない。事業会社の組織構造と投資活動の性質の間に、構造的な不適合がある。意思決定構造、目的の二重性、評価指標の曖昧さ、人事・時間軸の不一致——これら4つの課題は独立した問題であると同時に、互いを強化し合う関係にある。

    しかし、CVCは独立VCの劣化版ではない。長期時間軸での投資、事業アセットの活用、事業理解に基づく投資テーマの設定——これらはVCには発揮できない、企業戦略としての資本配置メカニズムに固有の価値である。構造的に難しい制度だが、適切に設計されれば、VCとは質的に異なる貢献が可能になる。

    問われているのは「CVCをやるべきか」ではなく「どう設計すれば機能するか」である。構造を理解したうえで、自社に合った制度設計を模索すること。それが、CVCの次のステップになる。


    References and Further Reading

    本稿の議論に関連する参考資料を以下に示す。

    CVC市場動向

    CVC構造分析

    評価指標

    報酬・人事

    CVC部門のライフサイクル

    CVC戦略設計

    • Andrew Romans — Masters of Corporate Venture Capital, 2016(邦訳: 『CVC コーポレートベンチャーキャピタル――グローバルビジネスを勝ち抜く新たな経営戦略』増島雅和・松本守祥監修、ダイヤモンド社、2017)

    M&Aデータ

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。