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  • なぜ日本はExitが弱いのか——3つのExitの共通構造を読み解く

    なぜ日本はExitが弱いのか——3つのExitの共通構造を読み解く

    なぜ日本はExitが弱いのか——3つのExitの共通構造を読み解く

    はじめに——日本のExitは「数」ではなく「規模」で小さい

    日本のスタートアップExitは、M&A件数を中心に一定の動きがある一方、IPOは件数自体が減少傾向にある。共通するのは、1件あたりの規模が海外と桁違いに小さいことだ。たとえば東証グロース市場のIPO時価総額の中央値は、2024年で58億円、2025年でも102億円にとどまる(EY Japan)。M&Aやセカンダリー取引でも、同じような規模の差が見える。

    先行記事海外VCから見た日本のスタートアップ市場では、この現象を “small exit trap”——IPO偏重・M&A未発達・セカンダリー未成熟が重なった状態——として整理した。本稿ではその構造の分解を試みる。

    「米国より小さい」だけでは、日本の特異性は説明できない。米国はIPO・大型M&A・セカンダリー・機関投資家LPの4層がいずれも厚い世界的な例外であり、欧州やアジアの多くは米国ほど深くはない。つまりアメリカ以外での一般的な状況というものは存在する。だが日本はそこにも当てはまらない。他の国々はどこかに別のExit手段(M&Aやセカンダリーなどの代替経路)を持っているのに対し、日本だけが代替的なExitを欠いたまま、複数の制約が同時に重なっている。

    ひとことで言えば、米国は規模で例外、日本は制約の重なり方で例外である。詳しい比較は後半で扱う。まずはIPO・M&A・セカンダリーの3つのExitについて、何が問題で、なぜそうなっているのかを順に見ていきたい。


    1. IPO——「早く小さく上場する」が合理になる構造

    何が問題か

    東証グロース市場のIPO時価総額の中央値は、2024年58億円、2025年102億円にとどまる。Astroscale 1,448億円、Soracom 676億円、VRAIN SOLUTION 525億円のような大型上場は存在するものの、裾野は薄い。50億円未満が約3割、30億円未満が約2割で、分布が明らかに左に寄っている。米国の数十億〜数百億ドル級のIPOとは桁が違う。

    なぜそうなっているのか

    理由は「上場後にお金を集めにくい」ことにある。日本のIPO後の市場では、セカンダリーオファリングやフォローオン調達の厚みが限定的だ。機関投資家の新興株式への配分が、自主規制や運用ガイドラインで実質的に制限されている。結果として、上場は成長資金を集める「最終手段」となり、創業者やVCにとっては早く・小さく上場することが合理的な選択になる。

    加えて、東証グロース市場の上場維持基準見直しにより、「上場5年経過後に時価総額100億円以上」が制度化された(既上場会社への本格適用は2030年以降、2025年末以後の新規上場申請会社は想定時価総額100億円未満なら成長戦略の追加説明が求められる)。Business Insider報道では2025年3月末時点でグロース上場企業の約68%が100億円未満とされ、規模の天井が制度として明示された形だ。

    残念ながら、IPOが企業の成熟を示すマイルストーンではなく、創業者やVCが資金を回収するための一場面として機能してしまっている。


    2. M&A——4つのレイヤーが同時に縛っている

    何が問題か

    日本のスタートアップ関連M&Aの件数は、MARR等のデータによれば長期的に増加傾向にある(2015年103件→2023年187件など)。2024〜25年も一定の水準を維持しているが、課題は件数ではなく比率と単価にある。日本はExitに占めるIPOの比率が高く、M&A経由の出口が相対的に薄い構造になっている(KPMG調査では、日本のVC ExitはIPOが大きく上回るのに対し、米国はM&Aが中心とされる)。買収単価でも、日本は小型案件が中心で、米国とは規模面で大きな差があるとされる。

    なぜそうなっているのか

    M&Aの小ささは1つの要因では説明できない。制度→規制→市場→実務の4つのレイヤーが重なって、買収規模と件数の両方を抑え込んでいる。

    (1) のれん会計(制度レイヤー) J-GAAPでは、のれんは原則20年以内で定期償却される(IFRSや米国基準は非償却+減損テスト)。たとえば串カツ田中HDがピソラを88億円で買収したケースでは、のれん約87億円が発生し、15年均等償却で計上される(同社開示)。J-GAAP特有の定期償却は買収後の利益指標に長期にわたって影響し続ける構造で、買収対価が大きいほどPLへの圧迫が継続する。

    ただし、これだけでM&Aが動かない理由を説明しきれない。ASBJで2025〜26年に非償却化が議論されているが、IFRS採用企業(MUFG、NECなど)の買収件数だけでJ-GAAP企業との明確な差を断定するのは難しい。会計の見直しだけでM&Aが動くわけではないと考えられる。

    (2) 独禁の予見性(規制レイヤー) 公正取引委員会の企業結合審査は、2019年のデジタル分野ガイドライン以降、対価400億円超で一定の条件を満たす案件について、事前相談が推奨されている。一方で、10〜400億円帯——日本のスタートアップ買収のほとんどが収まる帯域——は一般審査に戻る。この帯域での予見性が不十分なことは、大型買収を控える理由になる。制度はあるが、スタートアップM&Aの主戦場には届いていない。

    (3) 買い手の供給(市場レイヤー) JICの2024年上半期の観察によれば、日本のM&A件数は前年同期比+43件の125件に増えたが、その多くは上場新興企業による買収だった。米欧のような大型上場テック企業や、PEバックの consolidator(買収を続ける企業群)が継続的に買う構図にはなっておらず、買い手層が薄い。この薄さは後述するLP構造にもつながるが、市場レイヤーだけ見てもM&A単価を抑えている。

    (4) PMI・バリュエーション合意(実務レイヤー) 制度・規制・市場の制約が重なる先で、最後にディールの成否を分けるのが実務レイヤーだ。買収を見送った大企業への経産省アンケート(2020年度報告書)では、①バリュエーション合意困難、②PMIにおける文化問題が上位を占めている。将来成長率の評価が日米で乖離し、財務情報の粒度差や、米国の409A評価のような公正価値評価インフラの不在が、バリュエーション合意を難しくしている。雇用継続慣行とスタートアップ文化の軋轢も、PMIのコストを押し上げる。

    ただしこの実務レイヤーは、独立した主因とは見ない方が筋が通る。上流の制約が下流で結果として現れたものと捉えたほうが自然だからだ。バリュエーション合意の難しさは買い手供給の薄さに、価格評価インフラの不在はセカンダリー市場の未熟さに、それぞれ連結している。個別ディールでは実務摩擦が前面に出るが、その頻度と深さを決めているのは上流の構造だ。

    つまり4層の重ね縛りである以上、たとえば「のれんを非償却化する」だけでは他の3層が残り、波及は限定的にしかならない。これが、後述する「単一レバーだけでは動きにくい」議論の前提になる。


    3. セカンダリー——3つの層がいずれも薄い

    何が問題か

    日本のスタートアップ向けセカンダリー市場は、ようやく初期的に立ち上がり始めたところだ。GP secondary(既存ファンド持分の取引)、LP direct secondary(LPが直接持分を売却する取引)、従業員liquidity(社員の株式換金)の3層を扱う専業プレイヤーは、Kepple Capital(AUM 100億円規模)、Nstockに加え、2025年にはAnt Innovationsも設立されるなど、ごく初期的に出始めた段階にある。

    一方、米国ではForge Globalが2024年通年で13億ドルのtrading volume(前年比+73%)、Nasdaq Private Marketは2024年上半期だけで42億ドルの構造化セカンダリーを取り扱うなど、個別プラットフォーム単位でも規模が違う。さらにLazardが示すグローバル・セカンダリー市場全体(PE/LPセカンダリー含む広義)は2024年で約1,520億ドルに達しており、日本との比較ではプラットフォーム単位・市場全体ともに桁違いの差がある。

    なぜそうなっているのか

    理由は3層すべてに制約がかかっていることだ。契約慣行(ROFR=先買権、譲渡制限、会社承認条項)が売却の自由度を縛り、米国の409A評価や mark-to-market のような価格発見メカニズムが欠けていて、専門投資家やプラットフォームの層もまだ薄い。2024年のストックオプション税制改正で従業員liquidityの一部は緩和されたが、譲渡益課税の複雑さと執行インフラの不在で、実装は進んでいない。

    結果として、GPファンドの回転率は下がり、LPがリターンを回収するタイミングは遅れる。これが次章で見るLP構造へのフィードバックにもなっている。


    4. なぜ全部が弱いのか——LP構造という上流アンカー

    ここまでで、IPO・M&A・セカンダリーの3つのExitがそれぞれの理由で小さいことを見てきた。だが本当の問題は、これらが独立した話ではない点にある。

    図1: LP構造アンカー → 4要因ロック → 規模の天井(階層構造)

    4-1. 上流アンカー——日本のLPは米国と違う

    日本のVCのLP構成は、米国と本質的に異なる。内閣府CSTIの2021年比較では、日本は銀行38%、事業会社38%が中心で、両者で計76%を占める。一方、米国は財団23%、企業年金19%、大学エンダウメント10%、公的年金13%と、大学・財団・年金が中心で計65%を占める。

    この違いはただの「出資者の顔ぶれ」の問題ではない。ファンドの経済構造そのものを決めている。事業法人や金融機関のLPには、(i) 1ファンドあたりの出資上限が小さい、(ii) 戦略目的が主で純粋なリターン追求ではない、(iii) 長期ロックアップを嫌う、という3つの傾向がある。結果として日本のVCは「小口LPを多数積み上げる」型にならざるを得ず、1人のLPから1億ドル以上のコミットを引いてくる米国型の大型ファンドが、構造的に組成できない

    数字でも確認できる。日本VCの62%は1億ドル未満、43%は5千万ドル未満(Chambers 2025)。ファンドサイズの中央値は2015〜2025年を通じて30億円で横ばいだ。米国VCの主流は5千万〜5億ドル以上、上位は10億ドル以上。この、LP構成が決めているファンドサイズの天井こそが「上流アンカー」と呼びたい部分である。LP構成が変わらない限り、下流でどんな改革をしても、天井は本質的には動かない。

    4-2. 下流の4要因ロック

    LP構造アンカーが決めるファンドサイズの天井は、下流の3ルートで4要因のロックとして現れる。

    要因内容強さ
    (1) IPO制度厳格化2025年東証新基準が天井を制度化(5年で100億円)
    (2) のれん会計20年J-GAAPの定期償却が買収PLを圧迫(串カツ田中HDの例)寄与
    (3) 買い手供給限定バリュ合意困難82%、PMI文化、CVC買い手の薄さ
    (4) セカンダリー不在3層(GP/LP/employee)すべて欠落、米約1,500億ドル vs 日ほぼゼロ

    重要なのは、これら4要因が独立ではなく、LP構造という同じ上流の影響下で同時に働いていることである。1つを外しても他の3つが残るので、単一のレバーで突破するのは難しい。

    4-3. 弱いフィードバック——下流から上流への戻り経路

    階層構造は完全な一方通行というわけではなく、1本だけ下流から上流に戻る弱いフィードバック経路がある。小型のExitしか出なければDPIは伸びにくく、LPは過去のDPI実績を参照して次ファンドへの追加コミットを抑える。その結果、ファンドサイズはさらに小さくなり、次世代のExitも小型化していく。

    ただしLP構成そのもの(事業法人・金融機関中心の配分)は、1980年代以降の日本資本市場の文化に根ざしている。下流からの弱いフィードバック程度では、その基盤までは動かない。そのためこの構造は「相互強化ループ」ではなく「上流アンカー + 下流カスケード + 弱いフィードバック」と表現するのがふさわしい。あくまで上流→下流が主、下流→上流が従である。

    4-4. 日本の特異性——他の国はどこかに「別のExit手段」を持っている

    冒頭でも触れたが、米国はIPO・大型M&A・セカンダリー・機関投資家LPの4層がすべて厚い世界的な例外だ。Nasdaq Private Marketは2024年上半期だけで42億ドルの構造化セカンダリーを扱い、同年のプライベート・テンダー総額はVC-backed IPO額を超えた。機関LPもYale エンダウメント 414億ドル(FY2024)、NASRA加盟の公的年金合計 5.13兆ドル(FY2024末)と、規模が違う。

    非米国に目を移すと、状況は変わる。欧州年金のVC配分はAUMの0.01%(英・アイルランドは0.007%)、欧州VC-backed M&A exits の9割以上が1億ドル未満で、small exit は非米国では普遍的に観察される現象だ。ここまでは日本に似ている。

    しかし欧州・インド・イスラエルには、日本にはない別のExit手段がある。

    • 欧州: EMEAでは venture-backed exits の 85%以上がM&A——上場市場が弱くても、米国企業への統合が代替的なExitになっている。さらに英Mansion House Accord(2030年までにDC年金の10%を private market へ、うち5%を英国へ)や、仏Tibi II(120の認定ファンドが累計 300億ユーロ 調達、約 130億ユーロ を startup/scale-up に投下)といったLP動員型の改革がすでに動き出している。
    • インド: 2024年のVC/growth exits は68億ドル、うち public market exits の比率が55%から76%へ上昇している。IPO exit value は約7倍の15億ドル、セカンダリーも10億ドル → 15.5億ドル。国内の公開市場とセカンダリーが、補完的な役割を担い始めている(Bain/IVCA 2025)。
    • イスラエル: 2024年のExit総額133.8億ドル、うちM&Aが126億ドル(価額の94%、件数の89%)、5億ドル超の大型M&A案件も8件成立している(PwC Israel)。国内の機関LPは”still minimal”で日本に近いが、グローバル資本とUS企業への統合を通じて、M&A単独でExitを補える構造を持っている。

    日本には、これらに相当する別のExit手段がない。そのため、どれか一つのレバーを動かしても、すぐに別の制約にぶつかってしまう。IPO制度は厳しく(5年で100億円)、のれんは償却必須、買い手層はJICの観察通り上場新興中心で薄く、セカンダリーは事実上ゼロ、国内機関LPもGPIFのオルタナ上限5%・PE残高 8,657億円(2025年3月末時点)にとどまる。

    要因日本英国フランスインドイスラエル
    IPO制度厳格化🔲
    のれん会計20年
    買い手供給限定🔲
    セカンダリー不在🔲🔲
    機関投資家LP薄🔲🔲🔲
    別のExit手段なし年金改革年金改革・US買い手国内公開市場US M&A統合

    ⬛=ロックあり /🔲=部分 / ⬜=ロックなし

    日本の特異性は「要因の中身が日本独自である」ところにあるのではない。「4要因が同時にロックされ、しかも代わりとなるExitを欠いている」その完全さにある。英・仏・印・イスラエルでは単一の目立つレバー(年金改革、公開市場、クロスボーダーM&A、US統合)が効いて見えるが、それは他のレバーが事前に最低水準で揃っていたからこそ、その一手が機能している構図である。日本ではこの下地そのものが薄いため、単独の改革では効果が限定的になりやすい。だからこそ、向かう先はLP構造を起点に複数レバーを同時に動かす coordinated reformとなる。

    4-5. 「規模の天井」を再定義する

    ここまで見てきたとおり、日本のExit問題は「Exitがない」ことではない。3つのExitは存在している。問題は、各Exitの受け手側がどれだけの資本を吸収できるかの天井であり、その天井を決めているのがLP構造という上流アンカーだ。資本市場の厚み・多様性・流動性は、LP層の厚み・多様性によって決まる。VC市場の上流を動かさずに下流のExitだけ改革しても、天井そのものは動かない。ここに本稿の中心的な結論がある。


    5. どう変えるべきか——「単一レバー」ではなく「束で動かす」

    5-1. 単一レバーだけでは動きにくい理由

    ここから見えてくるのは、他国の改革も単一レバーだけで成立していたわけではないということだ。下地——他のレバーが最低水準で揃っていること——がある上に、目立つ一手が乗っかって機能している構図である。日本ではこの下地が薄いため、個別レバーだけを動かしても、直後に次の制約に当たってしまう

    たとえばIPO要件を緩和しても、ファンドサイズの天井が低いままでは成長資金の供給が追いつかず、結局小型上場に戻る。LP軸単独で機関LPを拡大しても、IPO・M&A・セカンダリーの出口が整わなければ、ファンドの資金は滞留してしまう。

    したがって日本では、まず下地を最低水準まで引き上げる多軸の同時の動きが先に必要になる。政策設計の問いは「どのレバーを選ぶか」ではなく、「どの最小セットを同時に動かすか」から始まる。これは個別政策の優先順位の話ではなく、構造に対する設計の話だ。

    5-2. 最小同時改革セット——LP・買い手・流動性の3軸

    具体的に動かすべき最小セットは、以下の3軸だ。

    • ① LP軸(資本の供給源): 年金やエンダウメントのVC配分の拡大、政府系LPの exit gate 設計の改善
    • ② 買い手軸(M&A市場の構造): CVCの活性化、のれん非償却化、独禁の予見性帯の整備、PMI人材の蓄積
    • ③ 流動性軸(セカンダリー市場): GP/LP/従業員の3層整備、価格発見インフラの構築、ESO税制の明確化

    3軸は独立ではなく、相互に強化し合う関係にある。LP軸が動けばファンドサイズの天井が上がり、買い手層の大型化やセカンダリー需要の深化を引き起こす。逆に流動性軸が動けばGP回転率が改善し、LPリターンが向上し、それがLP軸への再投資を呼ぶ、という循環が起動する。3軸を同時に動かしてはじめて、別のExit手段が形成され、個別改革では得られない波及効果が出てくる。これが「束で動かす」の意味だ。

    5-3. LP軸を起点にする理由——ただし単独では足りない

    3軸のうちどこから手をつけるかというと、LP軸が起点になる。理由は2つある。

    第一に、LP構造は4-1で見たとおり、天井そのものを決めている外側のアンカーであり、ここを動かさずに下流を改革しても、土台の資本吸収能力は増えない。第二に、LP軸の動きは他2軸への波及スピードがいちばん速い。ファンドサイズが拡大すれば、レイター資金供給・M&Aの買い手能力・セカンダリー需要が連動して動く。

    ただしLP軸だけでは足りない。機関LPが拡大してファンドサイズが上がっても、J-GAAPのれんが残れば買収PLの圧迫は続くし、セカンダリーが不在ならGP回転率は改善せず、LPリターンの循環は完成しない。LP軸は起点であって、完結点ではない。優先順位はあるが、3軸を同時に実装することが前提になる。

    5-4. 「束で動かした」海外の事例

    すでに複数のレバーを同時に動かしている国の事例は、束として設計するアプローチを支持する。重要なのは、これらが「単体政策の効用比較の結果として勝ち残った」のではなく、最初から束として設計されていたということだ。

    • イスラエル / Yozma(1993〜): 政府が1億ドルを投入し、10本のVCファンドへ出資、政府は40%持分を保有して民間パートナーが5年後にbuyoutできる設計で民営化を促した(OECD)。LP軸(政府LP)+ 買い手軸(M&A志向VCの輩出)+ exit gate設計を同時に実装した束として知られ、その後のイスラエルVC市場の厚みの形成に大きく寄与したと評価されている。
    • 英国 / Mansion House Accord(2025〜): 17のDC年金プロバイダーが(対象資産2,520億ポンド)、2030年までにデフォルトファンドの10%を private market へ(うち5%を英国へ)投資する意向を表明している。単なる年金改革ではなく、Growth Market改革・上場要件の柔軟化・DC年金制度の見直しの複合パッケージとして展開されている。
    • フランス / Tibi II(2022〜): LPの累計配分目標 150億ユーロ以上、120の認定ファンドが累計 300億ユーロ を調達し、約 130億ユーロ を startup/scale-up に投下している(2025年9月時点、仏トレゾール総局)。French Tech Visa・AI戦略と連動した、移民政策 + 資本政策 + 公共投資の束として設計されている。

    日本にも、対応する政策素材はすでにある。JICの政府系LP機能、GPIFや企業年金のオルタナ配分ガイドライン見直し、ASBJののれん会計議論、FSA・METIのスタートアップ株式流動化議論などだ。問題は素材の有無ではない。これらを別々のタイムラインで個別に動かすか、それとも束として同時に実装する政策ポートフォリオとして設計するか。後者こそが、本稿の示唆する coordinated reform の具体像である。

    そしてLP軸では、すでに動きが始まっている。スタートアップ育成5か年計画(2022〜2027年、10兆円規模)の進行、JICによる継続的なLP出資(直近では2025年10月に Kepple Liquidity 2号へ30億円コミットを決定)、GPIFのオルタナ枠(上限5%)の活用余地など、起点が積極化する方向は確実に進んでいる。起点が動き出していること自体が、束としての改革を起動する触媒になり得る


    おわりに——構造が見えると、議論が変わる

    この階層構造が見えてくると、日本のExit議論の前提が3つの点で書き換わる。

    第一に、診断を変える。「Exitが足りない」「IPOを増やせ」「M&Aが未発達だ」というこれまでの議論は、いずれも下流の症状を並べた診断にとどまる。日本のExit問題は、Exitが不足していることではなく、各Exitの受け手側の資本吸収能力の天井である。その天井を決めているのは、LP構造という上流アンカーだ。症状ではなく構造を見なければ、問題の所在は特定できない。

    第二に、単一レバーだけでは効きにくいと認識する。のれん非償却化、IPO要件の柔軟化、独禁予見性の改善、どれも単独では天井を動かしにくい。4要因がLP構造アンカーの下で同時にロックされているので、1要因を外しても他の3要因が残り、波及は限定的にとどまる。「どのレバーを優先すべきか」だけを問うと、構造が見えにくくなる。

    第三に、問いを変える。問うべきは「どのレバーが最も効くか」ではなく、「どの最小セットを同時に動かすか」だ。LP軸が起点になるが単独では足りず、買い手軸と流動性軸を同時に動かしてはじめて、別のExit手段が形成される。英・仏・印・イスラエルが実証した政策設計の論理である。

    日本のスタートアップExitは、件数ではなく規模で海外と桁違いに小さい。背後にあるのはLP構造という上流アンカーで、これがIPO制度の厳格化・のれん会計20年・買い手供給の限定・セカンダリー不在という4要因のロックとして現れている。4要因が同時にロックされている以上、単一レバーだけでは天井は動きにくい。3軸(LP・買い手・流動性)を束として動かす coordinated reform が、これを押し上げる本筋になる。

    問われているのは「どのレバーを選ぶか」ではない。「どの最小セットを同時に動かすか」だ。Exit改革の本質は、選ぶことではなく、設計することにある。

    そして起点となるLP軸では、すでに動きが始まっている。これが買い手軸・流動性軸の改革と束として接続すれば、M&Aやセカンダリーを含めた市場全体に大きな機会が生まれる可能性がある。日本のExit構造は、難しいが、動かないわけではない。

    References and Further Reading

    出典は本稿で参照した順ではなく、構造モデルのレイヤー別に整理する。各セクション冒頭に、本稿におけるそのレイヤーの役割を示す。

    IPO / 資本市場

    本稿における役割: Chapter 1 の「IPO小型化」と「IPOの金融イベント化」の定量根拠——東証グロース市場時価総額中央値、分布の左寄り性、2025年新上場維持基準の制度化——を提供する。

    M&A / 会計

    本稿における役割: Chapter 2 の4要因複合モデル(制度=のれん会計 → 規制=独禁 → 市場=買い手供給 → 実務=バリュ合意・PMI)の各要因の出典。経産省調査「バリュ合意困難82%」が実務レイヤーの位置づけを支える。

    セカンダリー

    本稿における役割: Chapter 3 の「3層(GP/LP/employee)同時不在」と、米国3層市場(年$152〜156B)との桁差対比の根拠。

    ファンド経済 / LP

    本稿における役割: 本稿の中心概念である「LP構造アンカー」(Chapter 4-1)の定量根拠。日米LP構成の非対称性、ファンドサイズ天井の時系列横ばい、GPIFのオルタナ配分上限など、上流の規定力を検証する。

    国際比較

    本稿における役割: Chapter 4-4 の「4要因完全ロックは日本特有」の検証と、Chapter 5-4 の束設計(Yozma・Mansion House・Tibi II)の実装事例根拠。非米国における代替的なExitの存在を定量で示す。

    Disclaimer

    本稿は、日本のスタートアップExit構造に関する独立した構造モデルの提示であり、公開情報ベースの個人研究として執筆されたものである。特定のファンド・投資家・企業・案件の内部情報には一切依拠していない。

    本稿は投資助言・投資勧誘ではなく、特定の投資判断・投資戦略を推奨するものではない。制度設計・政策議論・リサーチの前提として構造議論に寄与することを目的とし、具体的な投資実務における意思決定は、読者各位の独自判断によるべきものである。

    記載された見解はすべて運営者個人のものであり、いかなる組織の公式見解をも代表しない。

  • ディープテック投資はなぜ既存のVCモデルと合わないのか

    ディープテック投資はなぜ既存のVCモデルと合わないのか

    Introduction

    ディープテック投資には、ひとつの逆説がある。

    BCGが2023年にPreqinのデータを用いて行った分析(An Investor’s Guide to Deep Tech、従来テック911ファンド vs ディープテック特化164ファンド)によれば、ディープテック特化VCファンドの非加重平均IRRは約25%であり、従来テックファンドの約26%とほぼ同等である。Exit構成も企業買収(従来テック53% vs ディープテック51%)、IPO(36% vs 31%)と大きな差はない。リターンの水準だけを見れば、ディープテックは十分に魅力的な投資対象である。

    にもかかわらず、ディープテック投資がVCにとって構造的に難しいのは、同じリターンを得るのに必要な時間が長いからである。同じBCGの分析は、ディープテック企業がシードからSeries Dまでの各ラウンド間で、従来テック企業より25〜40%長い時間を要することを示している。シードからSeries Dまでの累積では約95ヶ月に対し、従来テックは約75ヶ月である。

    本稿の中心的な主張はこうである。ディープテック投資の難しさは技術リスクではなく、VCのファンド構造が前提とする時間軸と、ディープテック投資が必要とする時間軸の構造的不適合にある——しかもリターン自体は見劣りしない。

    前稿ではCVCの構造的課題を分析し、CVCが長期時間軸での投資に強みを持ちうることを指摘した。本稿ではその対極——独立VCの時間軸制約——を正面から分析する。

    ソフトウェアとディープテック: 時間の構造が違う

    議論の前提として、ソフトウェア/SaaS型スタートアップとディープテック企業の時間軸を対比する。

    項目ソフトウェア / SaaSディープテック
    技術実証 / PMF1〜2年3〜7年
    Seed → Series D約75ヶ月(BCG 2023)約95ヶ月(BCG 2023)
    Exit までの期間中央値 5〜9年中央値 9年超、セクターにより10〜20年
    主なリスク市場リスク、実行リスク技術リスク、スケールリスク、規制リスク
    各ステージの失敗率Seed→A: ~90%, A→B: ~70%Seed→A: ~95%, A→B: ~80%(BCG 2023)
    プロダクトの性質ソフトウェア80%超が物理プロダクト(BCG 2023)
    IRR(非加重平均)約26%(従来テックVC)約25%(ディープテック特化VC)

    注目すべきは最終行である。IRRが約25% vs 約26%——リターンの水準に有意な差はない。しかし表の上半分を見れば、そのリターンに到達するまでの時間と、途中の失敗確率には明確な差がある。

    問題はリターンではなく、そのリターンに到達するまでの時間である。この逆説が、以降の議論の出発点になる。

    ディープテックとは、科学的発見・工学的ブレークスルーに基づく技術で、商用化に長期の研究開発を要するものを指す。量子コンピューティング、核融合、合成バイオロジー、先端素材、クリーンエネルギーなどが典型例である。セクター別の時間軸を見ると、その長さが具体的にわかる。

    • 医薬品: 発見から承認まで平均10〜12年。Phase I(2.3年)→ Phase II(3.6年)→ Phase III(3.3年)→ 承認審査(1.3年)。疾患領域によって9.2〜12.2年の幅がある(PMC査読論文)
    • エネルギー技術: インキュベーションから製造段階まで8〜10年(IEA / Frontiers in Energy Research, 2022)。商用スケールのプラント建設にはさらに時間がかかる
    • 先端素材: 初期の材料発見から最初の商用化まで10〜20年、本格的な生産規模の確立にはさらに5〜10年(DOE / National Academies)

    これらのタイムラインには、研究開発だけでなく、規制承認、サプライチェーン構築、インフラ整備が含まれる。技術が「動く」ことの証明と「商用化できる」ことの証明は、別の時間スケールの問題である。

    VCモデルの時間設計: なぜ10年なのか

    VCのファンド構造は、LPへのリターンを一定の期間内に実現するために設計されている。この構造を時間軸の観点から整理する。

    10年ファンドの内部構造

    VCファンドはLP(資金の出し手)とGP(運営者)で構成される。標準的なファンド期間は10年。前半の3〜5年が投資期間、後半がハーベスト期間(Exit・分配)にあたる。多くのファンドは1〜3年の延長条項を持つが、LP承認を要し無制限ではない。

    ファンドのリターンは「J-curve」パターンをたどる。設立から数年間はマネジメントフィー(通常2%)と未実現損失でNAVがマイナスに沈み、Year 6頃からExitが始まって曲線が上向く。

    IRR最大化と時間の関係

    ここで重要なのは、VCのパフォーマンス指標であるIRRが時間の関数であるということだ。IRRは、同じ倍率(MOIC)のリターンでも、それをより短期間で実現するほど高くなる。10年で3倍のリターンを出すファンドと、20年で3倍のリターンを出すファンドでは、MOICは同じでもIRRは大きく異なる。

    この性質がGPのインセンティブ構造に直結する。GPの主要報酬であるキャリー(成功報酬、通常リターンの20%)はExitが実現して初めて発生する。加えて、GPが次号ファンドを調達する際にはIRRが評価基準になる。つまり、GPにとっては「大きなリターンをゆっくり得る」よりも「そこそこのリターンを早く得る」ほうが合理的な場合がある。

    この構造の下では、時間のかかるディープテック投資はGPにとって二重の不利を生む。リターンまでの時間が長いためIRRが下がり、次号ファンドの調達も難しくなる。優秀なGPほどこのインセンティブを理解しているため、ディープテック投資比率を自主的に制限する合理的な理由がある。

    10年ファンドの現実

    なお、10年という期間は法的な標準であって、実態とは乖離している。Silicon Valley Bankの2025年前半の市場レポート(State of the Markets H1 2025)のデータに基づくUnlisted Intelの分析によれば、トップクォータイルの米国VCファンドが完全にLPへ資本を返還するまでに16〜20年を要するようになっている。PitchBookも2024年Q4のアナリストノートで「10年ファンドの変容する経済性」を正面から分析し、米国ユニコーン企業の約40%が設立9年以上であることを指摘している。10年のファンド期間は、もはやソフトウェア投資であっても十分とは言えなくなりつつある。ディープテックでは、この制約がさらに深刻になる。

    構造的不適合: 何がどこで衝突するか

    以上を踏まえると、VCのファンド構造とディープテック投資の間には、具体的に以下の不適合がある。

    なお、以下に述べる不適合は、VCの構造が「間違っている」ことを意味しない。VCの10年ファンド、IRRベースの評価、キャリーによるインセンティブ設計は、いずれもLPへの受託者責任を果たすための合理的な仕組みであり、ソフトウェア投資においては効果的に機能してきた。問題は、この合理的な構造がディープテックの時間特性と組み合わさったときに、意図せず不適合を生じさせるという点にある。

    ファンド期間と商用化期間のミスマッチ

    投資期間(前半3〜5年)にディープテック企業に投資した場合、ハーベスト期間(後半5〜7年)内にExitを実現する必要がある。しかし、投資時点でTRL 3〜5——概念実証が済み、実験室での検証が進行中だが、実環境での実証には至っていない段階——にある技術が、5〜7年で量産・商用化(TRL 9)に到達する保証はない。

    NASAが開発したTRL(Technology Readiness Level)のフレームワークで言えば、大学・公的研究機関がTRL 1〜4をカバーし、民間VCはTRL 7以上で関与するのが一般的である。TRL 4〜7のあいだには「Valley of Death」——公的資金にとっては「出口」、民間資本にとっては「早すぎる」段階——が存在する。Branscomb & Auerswald(2002)がNIST向け研究で指摘して以来20年以上、この構造的な資金ギャップは根本的には解消されていない。

    延長条項(+1〜3年)を加えても合計13年程度であり、医薬品開発(10〜15年)やエネルギー技術の商用化には足りない可能性が高い。

    J-curveの深化とGPのインセンティブ問題

    ディープテック企業は研究開発コストが大きく収益化が遅いため、ファンドのJ-curveはソフトウェアVCよりも深く長くなる。LP分配が遅れるとファンド評価が低くなり、GPの次号ファンド調達に直接影響する。前節で論じたIRRと時間の関係がここで具体化する。ディープテックに投資するほど次号ファンドの調達が難しくなるという構造的なインセンティブの逆転が生じうる。

    Exit構造の制約

    ディープテック企業のExit選択肢は構造的に狭い。売上・利益が不安定な段階でのIPOは困難であり(バイオテックは例外的に整備されている)、M&Aの買い手は特定産業の大企業に限られる。

    ディープテックExitの件数自体は増加傾向にある。TechCrunch / MFV Partners(2023)のデータでは、2013-2017年の年19件から2018-2022年の年49件へ増加し、ユニコーンExitは550%増加した。しかしソフトウェア領域と比較すると依然として規模は小さい。

    リスクの性質の違い

    ソフトウェアスタートアップのリスクは市場リスク(PMFが見つかるか)と実行リスクであり、1〜3年で判明する。VCのリスク評価フレームワーク——月次トラクション、KPI、マイルストーン——はこの種のリスクに最適化されている。

    ディープテックのリスクは質的に異なる。技術リスク(物理的に実現可能か)、スケールリスク(量産できるか)、規制リスク(承認を得られるか)は長期にわたって解消されない。BCG(2023)のデータでは、ディープテック企業は各ステージで従来テックより高い失敗確率を持つ(Seed→Series A: 約95% vs 約90%、Series A→B: 約80% vs 約70%)。しかも80%超が物理プロダクトを開発しており、エンジニアリングと量産のリスクが加わる。

    GPの専門性と投資可能領域の問題

    時間軸の問題に加えて、ディープテック投資にはもう一つの構造的な制約がある。技術評価の専門性(selection capability)の問題である。

    既存のVCの多くは、ソフトウェア投資に最適化された経験と評価軸を持っている。PMF、ユーザー成長率、MRR/ARR、チャーンレートといった指標は、ソフトウェアスタートアップの進捗を測るために洗練されてきた。しかし、「新しい触媒が工業スケールで機能するか」「この合成経路が量産に耐えるか」といった問いは、これらの指標では評価できない。

    バイオテックは例外的にこの問題を制度化によって乗り越えてきた。PhD保持者やMDを擁するGP、科学アドバイザリーボードの設置、FDA承認プロセスという共通の評価フレームワークの存在——これらにより、バイオテック投資に必要な専門性はVC業界内で蓄積・伝達される仕組みが一定程度構築されている。IPO市場もバイオテックに対応した仕組みを持っている。

    しかし、それ以外のディープテック領域——エネルギー、先端素材、ハードウェア、宇宙——では事情が異なる。これらの領域には3つの特徴がある。第一に、対象技術の範囲が極めて広く、ひとつのファンドが先端素材と核融合の双方を評価する専門性を持つことは現実的には難しい。第二に、評価軸が領域ごとに異なり、ソフトウェアのようにトラクション指標で横断的に比較することができない。第三に、Exitパターンが確立しておらず、投資判断の「成功の型」が業界内で共有されにくい。

    これはVCの「能力不足」ではない。ディープテックの各領域が、それぞれ固有の科学的知見を要求するという構造的な性質に起因している。なぜ専門性の蓄積が構造的に難しいかをもう一段掘ると、バイオテックとの対比が明確になる。バイオテックでは、臨床試験のPhase I→II→IIIという共通のステージ構造があり、業界横断的に「Phase IIデータが良い会社は投資に値する」という評価の文法が共有されている。一方、エネルギー技術の「パイロットプラント成功」と先端素材の「量産プロセス確立」は、名前は似ていても必要な専門知識がまったく異なる。共通の評価文法が存在しないため、ある領域で蓄積した知見が別の領域に転用しにくい。専門性のスケーラビリティが低いのである。

    評価できないものには、資本は配分されにくい。時間軸の問題とは別に、この専門性の壁がディープテック投資の構造的なボトルネックになっている。

    ファンド構造の設計選択肢

    構造的不適合が明らかであるならば、問いは「ディープテックに投資しないこと」ではなく「どのような資本設計であれば適合するか」に移る。以下に主要な選択肢を整理する。いずれも万能ではない。

    時間軸の問題に対するアプローチは、大きく3つに分類できる。

    1. 延ばす——ファンド期間そのものを長くする、あるいは期間の制約を取り除く(長期ファンド、エバーグリーン型)
    2. 入れ替える・つなぐ——ファンド期間を延ばすのではなく、途中で資本の担い手を交代させる(セカンダリー取引、事業会社との接続)
    3. 内製化する——投資対象の創出・育成プロセスを内部化し、時間軸そのものをコントロールする(Venture Creation)

    これらは排他的ではなく、組み合わせによって効果が高まりうる。以下、順に整理する。

    延ばす: 長期ファンド(15-20年)/ エバーグリーン型・パーマネントキャピタル

    最も直接的な対応は、ファンド期間そのものを延ばすことである。

    Breakthrough Energy Ventures(BEV)は20年のファンド期間を設定し、BEV I(約10億ドル)、BEV II(約12.5億ドル)、BEV III(約8.4億ドル)で気候技術に投資している。MIT発のEngine Venturesは18年のファンド期間で「Tough Tech」に投資し、AUM 10億ドル超。他にもFuture Ventures(15年)、Ahren Innovation Capital(最大15年)といった事例がある(BCG, 2021)。

    ただし、長期ファンドには固有の課題がある。BEVのLPはBill Gates、Jeff Bezos、Marc Benioffら推定総資産1,700億ドル規模の超富裕層個人であり、15〜20年の流動性制約を受容できる特殊なLP構成に依存している。機関投資家が主体のLP基盤でこのモデルが成立するかは、まだ見通せない。GP報酬の設計も複雑になる。IRRベースの評価が適用しにくい長期ファンドでは、GPのパフォーマンスをどう測定するかという問題が残る。

    長期ファンドの延長線上に、ファンド期間そのものを設けない構造がある。エバーグリーン型(またはパーマネントキャピタル)は、Exitによるリターンを再投資に回し、継続的に投資・回収を行う。ファンド満期によるExit圧力がないため、ディープテックの長い時間軸に対して構造的な親和性を持つ。

    ただし、エバーグリーン型には固有のガバナンス課題がある。Exit圧力の不在はGPの規律低下につながりうる。ファンド期間という「締め切り」がないぶん、投資判断の先送りや、成果の出にくいポートフォリオの温存が起こりやすい。LPにとっても、資本の回収時期が読めないため流動性の管理が難しくなる。加えて、パフォーマンス評価の基準が標準化されていないため、他のファンドとの比較が困難である。エバーグリーン型は時間軸の制約を解消するが、それと引き換えに規律と透明性の設計が問われる。

    入れ替える・つなぐ: セカンダリーと事業会社の活用

    時間軸の問題に対するもう一つのアプローチは、ファンド期間を延ばすのではなく、途中で資本の担い手を交代させることである。

    セカンダリー取引——既存投資家の持分を別の投資家に移転する取引——は、ファンド満期前に流動性を確保する手段として機能する。ディープテック投資においては、その意義は通常のVC投資以上に大きい。商用化までの期間が長いため、初期投資家がファンド期間内にExitできないリスクが構造的に高い。また、量産化・規制承認の段階で大規模な追加資金が必要になるが、初期のシードVCにはフォローオンの資金力が不足しがちである。セカンダリーを通じて持分が成長ステージに適した投資家に移れば、資本構成がステージに適合する。

    ここで重要な受け皿となりうるのが事業会社である。前稿で分析したように、事業会社(CVC含む)は特定産業における技術理解、量産・サプライチェーンの知見、規制対応の経験を持つ。これらはディープテック企業がTRL 5〜7の「Valley of Death」を越えるうえで不可欠な資源である。資本提携、戦略的出資、共同開発契約、あるいはオフテイク契約(将来の製品購入の確約)といった形で事業会社が関与することで、ディープテック企業はIPO/M&Aを待たずに成長の基盤を得られる。

    セカンダリーと事業会社の接続が連動すれば、シードVCがセカンダリー取引で持分を売却し、事業会社が戦略的出資を通じて新たな株主となる——という流れが成立する。シードVCは流動性を確保し、事業会社はスケール支援に注力し、スタートアップは途切れのない資本と事業支援を受けることができる。ディープテックの商用化に必要な時間そのものは変わらないが、複数の投資家がリレーのように資本を受け渡すことで、各投資家の時間軸制約と企業の成長段階を整合させる構造になる。

    ただし、この構造には両面で課題がある。ディープテック領域のセカンダリーマーケットは未成熟であり、バリュエーションの不透明性、買い手の限定性、取引コストの高さが残る。事業会社の関与にも、前稿で論じた構造的課題——意思決定の遅さ、戦略変更による支援の途絶、目的の二重性——が伴う。セカンダリーと事業会社の組み合わせは有望な選択肢だが、マーケットの厚みと適切な制度設計が前提になる。

    Venture Creation モデル

    上記とは異なるアプローチとして、投資対象そのものを内製化する構造がある。

    Flagship Pioneering(AUM 140億ドル、最新ファンド36億ドル)は、外部のスタートアップに投資するのではなく、社内で年間80〜100の研究仮説を立ち上げ、有望なものをProtoCo → NewCo → GrowthCoとして育成する。累計100社超を創業し、Moderna社もその一つである。

    Flagshipは従来型のLPファンド構造を使っている。差別化の核心は、社内に研究プラットフォーム(VentureLabs)を持ち、会社創業プロセスそのものを内製化している点にある。これにより、外部スタートアップの時間軸に依存せず、自らコントロール可能なタイムラインで技術を育成できる。前節で論じた専門性の問題も、社内に研究者を抱えることで部分的に解消される。ただし、Flagship固有の人材と研究基盤への依存度が高く、再現性の高いモデルとは言い難い。

    政府の役割: 資金の出し手と、最初の顧客

    ディープテック投資における政府の関与には、性質の異なる2つの経路がある。混同されがちだが、VCの時間軸問題に対する作用メカニズムが異なるため、分けて整理する。

    第一の経路: LP出資(資金供給側)

    民間LPが受容しにくい長期性・高リスク性を、公的資本がLP出資を通じて補完するアプローチである。政府はファンドの運営(GP)には関与せず、資金の出し手(LP)として民間VCに資金を供給する。

    欧州ではEIF(欧州投資基金)がETCIを通じて€200億超のモビライズを目指し、KfW Capital(ドイツ)はDeep Tech Future Fundとして最大€10億を民間と同条件(pari passu)で直接投資する。Bpifranceはフランスのシードファンドの34〜43%を占める触媒的役割を果たしている。日本ではJIC(産業革新投資機構)が49のファンドにLP出資を行い、NEDOがディープテック・スタートアップ支援事業(DTSU、総予算930億円、FY2023-2032)を通じてR&Dフェーズを3段階(STS: 実用化研究開発前期、PCA: 実用化研究開発後期、DMP: 量産化実証)で直接支援している。

    公的資本の意義は量だけでなく、「触媒的資本」としてファーストロスを引き受けることで民間LPのリスク許容度を上げる点にある(Tideline, 2019の推計: $1の触媒的資本で$3〜10の民間資本をモビライズ)。ただし、政治的サイクルとの連動や投資効率の評価の難しさは、公的資本に固有の課題である。

    第二の経路: 公共調達(需要創出側)

    資金供給とは異なるレイヤーで、政府は「最初の顧客(anchor buyer)」として機能しうる。特にエネルギー、防衛、宇宙といったセクターでは、技術が商用市場で受容される前の段階で、公共機関が調達者・実証パートナーとなることが、ディープテック企業の時間軸問題を間接的に緩和する。

    初期市場が未成熟なディープテック企業にとって、公共調達や実証プロジェクトの発注は、売上・技術検証・信用の3つを同時に提供する。米国のSBIR/STTRプログラムやDARPAの調達モデルは、研究開発資金だけでなく実質的な初期需要を創出する機能を果たしている。OECDの分析(2024)が指摘するように、公共調達はR&D助成金よりも大きなイノベーション促進効果を持つ場合がある。

    最初の顧客は、売上だけでなく「技術の正当性」を証明する。LP出資が「VCファンドの時間軸を延ばす」介入であるのに対し、公共調達は「ディープテック企業の商用化を早める」介入である。両者はVCの時間軸問題に対する異なるレイヤーの応答であり、組み合わせることで効果が高まる可能性がある。

    領域特化型の小規模ファンド

    これまで見てきた政府の役割が主として時間軸の制約に作用するのに対し、ここではディープテック投資におけるもう一つの制約——技術評価の専門性——に対する構造を検討する。

    ディープテック投資の専門性はひとつの大型ファンドに集約しにくいが、狭い領域に特化した小規模ファンドであれば成立しうる。BCG(2023)が「Genius Hunters」と分類する500社超のファンド(AUM $1億未満)は、それぞれが1〜2の投資テーマ——分子バイオテクノロジー、プラネタリーヘルス、食料・農業など——に集中し、研究機関との強い結びつきを持つ。個々の投資規模は$100〜500万と小さいが、投資対象への技術的理解は深い。

    この構造が示唆するのは、ディープテック投資のエコシステムは、少数の大型汎用ファンドではなく、多数の特化型ファンドの集合体として発展しうるということだ。個々のファンドが狭い領域で深い専門性を持ち、領域固有のリスクを精密に評価できるなら、その専門性そのものが超過リターン(アルファ)の源泉になる。ソフトウェアVCでは情報やネットワークの優位がアルファを生んできたが、ディープテックでは科学的知見と技術評価力がそれに代わる可能性がある。エコシステム全体としてのディープテック投資の厚みは、ひとつのファンドの規模ではなく、特化型ファンドの多様性と数によって決まるのかもしれない。

    もちろん、小規模特化型ファンドには固有の課題もある。フォローオン投資の資金力が限られるため、成長ステージでは大型ファンドとの連携が不可欠になる。また、ファンドの数が増えてもValley of Death(TRL 4〜7)の資金ギャップが自動的に埋まるわけではない。しかし、バイオテックが専門性の制度化によってVC投資を成立させてきたように、他のディープテック領域でも——まずは小規模な特化型ファンドの集積を通じて——専門性の基盤が形成されつつある。

    このような専門性の分化は、投資判断の精度を高めるだけでなく、技術リスクの見極めを早期化することで、結果として時間軸の不確実性を低減する可能性がある。

    この構造分析から何が言えるか

    ここまでの分析が示す帰結を、ステークホルダー別に整理する。

    VCについて言えること: 標準的な10年ファンドの中に「ディープテック枠」を設けるだけでは構造的不適合は解消しないが、だからといってVCがディープテック投資から排除されるわけではない。BCG(2023)のデータが示すように、リターンの水準自体は従来テックと遜色がない。問題は構造であって、ポテンシャルではない。時間軸の問題への対応は「延ばす」と「入れ替える・つなぐ」に整理でき、長期ファンドやエバーグリーン型だけでなく、セカンダリーと事業会社を組み合わせた資本の入れ替えも選択肢になる。特化型の小規模ファンドが深い技術知見に基づいてシード投資を行い、成長ステージではセカンダリーや事業会社を介して資本と支援の担い手が移行する——こうした多層的なエコシステムが形成されれば、標準モデルを変えずとも、ディープテック投資の厚みは増しうる。BCG(2023)の投資家類型が5つに分かれていること自体が、単一モデルでは対応できない領域に複数のアプローチが並立する現実を映している。

    LPについて言えること: ディープテック投資を支援するLPは、流動性制約の受容が前提になる。ポートフォリオ全体の中で「リターンまで15〜20年」を評価できるLPは限られる。BEVの事例が示すのは、現時点で長期ファンドを支えているのは機関投資家ではなく超富裕層個人であるという事実である。ただし、この制約はLPの構成によって変化しうる。政府系機関や事業会社といった主体は、財務リターン以外の目的——産業政策、技術獲得、サプライチェーン確保など——を持つため、純粋な金融投資家よりも長期の時間軸を取りやすい。こうしたLPが資本の一部を担うことで、ファンド全体としての時間軸制約は緩和されうる。すなわち、LP構成そのものが時間軸の設計要素となる。

    スタートアップについて言えること: 資金調達先のファンドの残存期間は確認に値する。ファンド終了間際のVCからの資金は、フォローオンや支援の途絶リスクを伴う。BCG(2023)のデータが示すように、$10億超の大型ファンドでも平均42%がマルチラウンド投資を行っている。ディープテック企業にとっては、1回の調達よりも投資家との長期的な時間軸の整合が重要になる。加えて、IPO/M&Aだけを最終ゴールとせず、成長過程での事業会社との資本提携やセカンダリーによる株主構成の最適化を視野に入れた資本戦略が求められる。

    政策について言えること: 政府系LPの量的拡大は進んでいるが、より重要なのは触媒的資本としての制度設計が機能するかどうかである。NEDOのDTSUのような3段階設計はValley of Deathへの直接介入として注目に値する。加えて、政府が調達者・実証パートナーとして需要側から市場を創出する機能は、資金供給とは異なるレイヤーでVCの時間軸問題を緩和しうる。

    Conclusion

    ディープテック特化ファンドのIRRは約25%、従来テックは約26%——リターンは同等である。にもかかわらず、VCの標準的なファンド構造は、ディープテック投資が必要とする時間軸と構造的に適合しない。

    10年のファンド期間、IRRベースのGP評価、J-curveのパターン——これらはいずれもLPへの受託者責任に基づく合理的な設計であり、ソフトウェア投資には有効に機能してきた。ディープテックとの不適合は、この合理的な構造の帰結として生じている。時間軸の問題に加え、バイオテック以外の領域ではGPの専門性を蓄積する制度的インフラも未整備である。

    BEVの20年ファンド、Engine Venturesの18年ファンド、Flagship Pioneeringの社内創業モデル、各国政府系LPの触媒的資本と公共調達——代替構造の実験は始まっている。加えて、エバーグリーン型による期間制約の除去、セカンダリーと事業会社を組み合わせた資本の入れ替え——時間軸の問題に対するアプローチは「延ばす」だけでなく「入れ替える・つなぐ」へと多様化しつつある。しかし、これらはいずれも発展途上であり、VCエコシステム全体の標準を変えるには至っていない。

    問題はリターンの水準ではなく、そのリターンに到達するまでの構造にある。ディープテックの難しさは、技術の問題ではなく資本の設計の問題として捉え直す必要がある。それは個別ファンドの工夫ではなく、LP・GP・事業会社・政策・市場インフラを含むエコシステム全体の設計問題である。


    References and Further Reading

    本稿の議論に関連する参考資料を以下に示す。

    ディープテック市場・IRR・時間軸

    VC構造・ファンド期間

    Exit年数データ

    TRL・Valley of Death

    長期ファンド事例

    ディープテック投資の実務・起業戦略

    • 東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)— 『サイエンス・テクノロジー領域の起業戦略』(日本経済新聞出版)
      研究成果の事業化プロセスを投資家・起業家双方の視点から体系化、大学発スタートアップの成長段階、実務的な課題を整理 https://www.amazon.co.jp/dp/4296123866

    政府系LP・触媒的資本

    公共調達とイノベーション

    セクター別タイムライン

    Disclaimer

    本稿の見解はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織の公式見解でもありません。分析は公開情報に基づいています。