国産AIへの公的資本は「広く配る」から「中核+周辺」へ——GENIACの設計変更が示すもの

はじめに:予算は増えたのに、GENIACの公募は大きくならなかった

2026年度の政府のAI関連予算は5,027億円。前年度(基金の積み増し分を含めて1,969億円)の約2.5倍になった。

国産AIの開発支援といえば、多くの人が思い浮かべるのは経済産業省とNEDOの「GENIAC」だろう。2024年に始まり、国内の事業者が基盤モデルを開発するための計算資源の費用を補助してきた。

ところが、2026年に行われたGENIACの公募(第4期)は、予算規模が100億円程度。前回とほぼ同じ水準で、採択は16件だった。

では、2026年度のAI予算の重心は、どこへ移ったのか。

答えは、GENIACの枠の外にある。2026年度、「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」が新設された。当初予算は3,873億円で、政府のAI関連予算の約77%を占める。採択されたのは1テーマだけである。

項目 GENIAC(第4期) 新設のマルチモーダル基盤モデル事業
規模 公募1回 100億円程度 2026年度当初予算 3,873億円
採択 16件 1テーマ
支援の形 計算資源の利用料などを補助 委託(5年間・毎年度審査)

※GENIACは基金から、新事業は当初予算から出ているため、金額は同じ基準では比べられない。

本稿の見立ては次のとおりだ。国産AIへの公的資本は、「広く配る」だけの構造から、中核に大型の資本を集中し、その周辺を複数の支援策で支える構造へ移りつつある。

GENIACがなくなったわけではない。変わったのは、その位置づけである。

1. 中核と周辺:新しい政策の形

新設事業の公募要領は、「提案1件当たりの 2026 年度予算額は、原則として 3,834 億円以下」とした。2027年度の概算要求では、8,964億円が要求されている。事業期間は2030年度までで、毎年度ステージゲート審査を行い、続けるかどうかを判断する。

事業の基本計画は、集中の理由をこう書く。「日本の領域特化モデル開発のベースを海外モデルに依存する現状のままでは」、日本のAIの実装水準が、海外の開発企業の戦略や開発国の事情によって決められるおそれがある。

注目したいのは、GENIAC側の事業とのつながりだ。2026年に新設された、データの構築・流通を支援する事業(140億円程度)の公募要領は、構築したデータを中核事業へ提供することを必須としている。同じく2026年に始まったロボット基盤モデルの公募2本(200億円程度と240億円程度)も、中核事業への成果の還元を条件にした。

整理すると、次のような形になる。

  • 中核:国産の基盤モデルを開発する大型プロジェクトに、年間数千億円規模を委託で投じる。
  • 周辺:GENIACとその関連事業が、領域特化モデル、現場データの整備、ロボットへの応用を、数十億〜数百億円規模の補助で支える。データや成果は、中核へ流れるよう条件づけられている。

政府がこの形を最初から設計していたかどうかは、公表資料からは分からない。ただ、2026年時点の予算配分と公募条件を並べると、GENIACは「国産AI開発支援の本体」というより、大型の中核事業を取り巻く複数の支援策の一つへと、相対的な位置を変えつつあるように見える。

2. ボトルネックは、計算資源から現場データへ

GENIACの位置が変わったのは、予算の話だけではない。この2年余りで、公募の条件そのものが変わってきた。そこから、政府がどこを「ボトルネック」と見てきたかが読み取れる。

最初は、計算資源だった。 GENIACの基本の形は、採択した開発者が民間のクラウドなどから調達する計算資源の費用を、国が補助するというものだ。経済産業省は「基盤モデルを開発する上では、計算資源の確保が大きな課題」と説明してきた。NEDOの担当部長は、第1期を「日本でもとにかく基盤モデルをつくってみよう」という挑戦だったと振り返っている。

次は、実際に使われるかどうか。 第2期で業界特化型のモデルへ、第3期でユーザーと連携した実証へと重心が移った。第4期では事業名が「領域特化モデル開発事業」に変わり、ユーザー企業との実証が審査で加点され、海外企業との実証はさらに加点されるようになった。

そして2026年は、現場のデータである。 経済産業省は、「ウェブ上の公開データは学習が進みつつある」ため、「今後は企業や組織が保有する実データの活用が一層重要」と書いた。同省のAI産業戦略室長も、「インターネット上のデータではなく、特に日本が強い分野の現場データを取り込むことが非常に重要」と述べている。

この流れを最もよく表しているのが、公開を求める対象の変化だ。

第3期の審査項目には「モデルのオープン化」が含まれていた。ところが第4期では、ノウハウや実証成果の公開は求めるものの、「必ずしもデータセット・ソースコード・モデル等の公開を求めるものではない」とされた。その一方で、先に見たデータ事業は、中核事業へのデータ提供を必須にした。

少なくとも制度設計を見る限り、政策の重心は、オープンなモデルを増やすことだけでなく、民間のデータを中核のモデル開発につなぐことへも移りつつある。AI競争がGPUの量だけの話ではなくなったことを、政府自身の制度設計が示している。

3. 韓国との違い:「集中すれば足りる」とは限らない

韓国は、国産の基盤モデルに対して日本と逆の順番で資本を入れてきた。

韓国の科学技術情報通信部が2025年8月に始めた「独自AI基盤モデル」プロジェクトは、最初から少数のチームに絞り、半年ごとの評価で脱落させる競争型である。支援の中心は補助金ではなく、政府が借り上げたGPUの提供だ。5チームで始まり、2026年8月の評価を経て3チームに絞られた。並行して、特化分野のモデルを支援する別枠も動かしている。

日本は「広く配る→中核を置く」、韓国は「少数に集中する競争を軸に、特化型の別枠を並べる」。出発点は逆だが、どちらも中核と周辺を持つ形に近づいている。

興味深いのは、その先である。2026年8月の記者会見で、韓国の第2次官は、急速に性能を伸ばす海外のフロンティア企業に対して「このような支援規模や競争方式で追いつける環境なのか」を企業とも議論してきたと述べ、現在の方式を「全面的に再編する方向」で検討していると明らかにした。

集中を先に選んだ韓国が、その集中の規模と方式で足りるのかを、政府自ら公の場で問い直している。どちらの設計が優れているかという話ではない。中核に資本を集めることは出発点であって、それで問題が解決するとは限らないことを示す先行例である。

4. 日本企業・スタートアップ・投資家にとっての意味

基盤モデルを開発するスタートアップにとって。 汎用の国産モデルに向けた大型の公的資本は、中核プロジェクトに集まった。GENIACで支援を受けられる余地は、領域特化モデルとその実証へ移っている。審査で評価されるものも、「技術の新しさ」から「実際に使われることの証明」へと寄ってきた。

データを持つ事業会社にとって。 製造業をはじめ、現場のデータを持つ企業は、政策の中で「補助を受ける側」から「データを供給する側」へと位置づけが変わりつつある。自社のデータを出すことで何が得られ、何を手放すのか。その条件を読むことが、経営上の論点になる。

投資家にとって。 GENIACに採択されたことだけでは、事業性の評価には足りない。採択の有無以上に、どんな相手と実証しているか、そして補助が終わった後に有償の契約へ移れているかを見る必要がある。

今後の観測点を一つ挙げるなら、予算額ではない。データを提供する側が、中核のモデルをどんな条件で使えるのかが、公表されるかどうかだ。データが一方向に流れるだけなら、周辺の事業に参加する動機は弱い。その条件が見えたとき、この「中核+周辺」の形が持続するかどうかを判断できる。

5. 次のボトルネックは「使う側」なのか

最後に、まだ答えの出ていない問いを一つ置いておきたい。

2026年の公募結果には、「作る側」への支援とは別の制約をうかがわせる数字がある。自動運転車やドローンなどを対象にしたロボット基盤モデルの公募には、200億円程度の枠に対して応募が3件だった(対象が公道や航路を使うシステムに限られていたことも影響しうる)。懸賞金型の「GENIAC-PRIZE」の初回では、官公庁の業務効率化をテーマにした領域で、1位から3位が「該当なし」となった。

2026年7月に閣議決定された第Ⅱ期の人工知能基本計画も、「2025 年までの間は、成長する各国との利用率や民間投資の差はむしろ拡大した」と書いている。

計算資源、データ、中核のモデル。ここまでの手当ては、いずれも作る側に向いている。次に効いてくる制約は、作られたものを受け取り、業務を変えて使う側にあるのかもしれない。現時点では数件の結果から読める兆しにすぎないが、今後の政策を読むうえで追いかけたい論点である。

おわりに

GENIACが始まった2024年、国産AIをめぐる問いは「日本で基盤モデルを作れる会社をどれだけ増やせるか」だった。

2026年の予算と公募条件が示しているのは、問いそのものが変わったということだ。いま問われているのは、誰のデータを、どの中核モデルにつなぎ、それを誰が使うのかである。

GENIACの設計変更は、その移行を、補助金の条件という最も地味な形で記録している。


Disclaimer

本稿は、経済産業省・NEDO・内閣府および韓国政府の公表資料にもとづく独立した分析であり、特定の組織の公式見解ではありません。

本稿は特定の政策・制度・事業者を推奨または批判するものではありません。政策の意図については推定せず、公表された予算配分と公募条件の範囲で記述しています。採択事業者の個別の評価は行っていません。

本稿は投資助言・投資勧誘ではありません。

筆者は JAPAN AI 株式会社および株式会社ジーニーに所属しますが、本稿は Alpha Beyond Frontier における筆者個人の独立した分析であり、所属各社の公式見解を示すものではありません。内部情報には一切依拠していません。

記載した数値および事実は、各出典の公表時点のものです。

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