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  • 政府の出資はVCを強くするのか——JICデータが示す意外な効きどころ

    政府の出資はVCを強くするのか——JICデータが示す意外な効きどころ

    政府の出資はVCを強くするのか

    はじめに——政府はVCを「選ぶ」べきか、「黒子に回る」べきか

    政府がスタートアップの世界にお金を流すとき、大きく2つのやり方がある。

    ひとつは、政府系のファンドや機関が、運用者に近い立場で自ら投資先を選び、直接お金を出す形だ。ベンチャーキャピタル(VC)の世界でいえば、投資判断の前面に立つ GP(ジェネラル・パートナー) に近い関わり方である。もうひとつは、政府が民間のVCにお金を預け、実際の投資判断はそのVCに任せる形だ。お金は出すが運用は他人に委ねる、ファンドの出資者の立場——これを LP(リミテッド・パートナー) と呼ぶ。

    直感的には、前者のほうが「効きそう」に見える。政府が自分で選んで投資すれば、狙った企業に狙った額を届けられる。一方、後者は民間VCにお金を渡すだけで、どの企業に投資するかは口を出さない。だから「政府がLPに回ると、効果は薄まるのではないか」——そう考えるのが自然だ。

    この直感は、本当に正しいのだろうか。先に結論の方向だけ言っておくと、データが示したのは少し意外な姿だった。政府のLP資本は、預けたVC会社そのものを強くしているというより、VCの中で「どの案件にお金が届くか」を変えているように見える。しかもその効きどころは、特定の場所に偏っていた。

    これを確かめるのは、実はとても難しい。政府がLPとして出資したVCの投資先と、出資していないVCの投資先を比べても、そもそもVCごとの実力差が大きすぎて、「政府のお金のおかげ」なのか「もともと強いVCだった」のかを切り分けられないからだ。

    ところが日本には、この切り分けを可能にする珍しい存在がある。JIC(産業革新投資機構) だ。JICは2018年に発足した政府系の投資機関で、60を超える民間VCファンドにLPとしてお金を預けている。そして重要なのは、どのファンドにいつ・いくら出資したかを、すべて自社サイトで公表していることだ。この透明性のおかげで、「同じVC会社の中で、JICのお金が入ったファンドと、入っていないファンド」を直接比べられる。世界的に見てもこれだけ条件の揃った環境は珍しい。

    この記事は、筆者がSSRNに公開した研究 Government as GP or LP? Public Limited Partner Capital Reallocates Deals within VC Firms — Evidence from Japan’s JIC(2026年5月)の紹介である。少し前に書いた 政府系VCはスタートアップのどの段階で効くのか は、政府が「直接投資する」側の話だった。今回はその裏側、政府が「黒子としてお金を預ける」側の話である。

    1. VCを「強くする」のか、それとも「配り直す」のか

    政府のLP資本に効果があるとして、その効果はどんな形で現れるのか。ここで問いを、ふたつに分けて考えたい。

    ひとつは、政府のお金がVC会社そのものを強くするという見方だ。政府から資金を預かったVCは、運用額が増え、信用が増し、リスクを取れる余力も増える。その結果、会社全体としてより良い投資ができるようになる——いわば「変革」の見方である。政府系LP事業の説明では、暗にこの効果が期待されていることが多い。

    もうひとつは、会社の実力は変わらないが、社内のどのディールに資本が向かうかが変わるという見方だ。VCは複数のファンドを並行して運用していることが多い。政府のお金が特定のファンドに入ると、そのファンドが手がける案件に資本が向かいやすくなる。会社全体の投資のやり方は変わらないが、お金の流れる先が変わる——いわば「配分」の見方である。

    「VCを強くする」のか、「VC内の配分を変える」のか。この2つは似ているようでまったく違う。前者なら、政府は「強くなりそうなVCを選ぶ」ことが重要になる。後者なら、「どのディールに資本が届くか」のほうが重要になる。

    JICのデータは、このどちらに近いのだろうか。

    2. データが示したのは「配分」だった

    分析の対象にしたのは、JICがLPとして出資している独立系VC21社と、比較対象として選んだ独立系VC12社の投資ディール、合わせて約3,000件(2015〜2026年、PitchBookのデータ)である。追ったのは「あるディールの後、24か月以内に次の資金調達ラウンドが続いたか」という指標だ。

    なぜこの指標なのか。もちろん、次の調達がそのまま事業の成功を意味するわけではない。ただ、未上場のスタートアップは売上・利益や最終的な出口(上場や売却)までのデータが揃いにくく、外から進捗を測るのが難しい。そこで、後続の投資家が「この会社はまだ伸びる」と判断して次の資金を入れたかどうかを、短中期の進捗を測る代理指標として使う——これはVC研究でも標準的なやり方だ。

    結論から言うと、データは「配分」の見方を支持した。

    まず、VC会社のレベルで見ると、政府のお金が入った後に会社全体の成績が上がった、という変化は見えなかった。会社全体の平均で測ると、効果は統計的にゼロと区別がつかない。「政府が出資したVCは、会社ごと強くなる」という変革の見方は、データの上では確認できなかった。

    ところが、同じVC会社の中で、JICのお金が入ったファンド経由のディールと、入っていないファンド経由のディールを比べると、はっきりした差が出た。JICのお金が入ったファンド経由のディールは、次の資金調達につながる確率が、同じ会社の他のファンド経由のディールより約7ポイント高かった。実際の数字で見ると、JICのお金が入ったファンド経由のディールでは次の調達につながった割合が約51%、同じ会社の他のディールでは約42%だった。

    会社全体では差が出ないのに、会社の中では差が出る。この一見ねじれた結果が意味するのは、ひとつだ。政府のLP資本は、VC会社を丸ごと強くするのではなく、会社の中の「どのディールに資本が向かうか」を変えている——「変革」ではなく「配分」だ。

    図1: 「変革」の見方(政府資本でVC会社全体が強くなる)と「配分」の見方(社内のどのディールに資本が向かうかが変わる)の対比。JICデータでは会社レベルの平均効果はほぼゼロだが、同一VC内ではJIC経由ディールが+約7pp、follow-on率51%対42%。「変革」ではなく「配分」が支持された

    3. 効く場所と、効きにくい場所がある

    ここまでは「政府のお金は配分を変える」という話だった。だが、この研究で最も意外だったのは、その配分の効果が 相手によって大きく分かれる ことだ。

    スタートアップを「これまで何回資金調達してきたか」で分けてみると、効果の表れ方がくっきり変わる。

    まだ外部投資家から本格的な資金調達をしたことがない、初回ラウンドの企業では、JICのお金が入ったファンド経由のディールは、次の調達につながる確率が大きくプラスに振れた(+約15ポイント)。一方、すでに3回、4回と調達を重ねてきた企業では、効果はプラスどころかマイナスに見える方向へ振れていく。調達回数が増えるほど効果は下がり、符号が反転していく——このパターンは統計的にもはっきり検出された。

    ここで注意したいのは、これを「政府のお金は後期の企業に逆効果だ」と読むのは行き過ぎだということだ。後期企業でマイナスに見えるのは、政府資本が悪影響を与えたというより、すでに市場から十分に検証されている企業では、政府が関与しているという追加のシグナルにそれほど価値が残っていない、ということなのかもしれない。あるいは、後で触れるように、まったく別の要因が混ざっている可能性もある。いずれにせよ、これは観察されたデータ上のパターンであって、政府のお金が後期企業の成長を妨げているという因果関係を示すものではない。

    それでも、ひとつのことははっきり言える。政府のお金は、どこに入れても同じように効くわけではない。効く場所と、効きにくい場所が分かれている。そして効くのは、これまで資金調達の実績がほとんどない、情報が乏しい初期の企業のほうだった。

    図2: 過去の調達回数別に見た政府資本の効果。初回ラウンド(調達実績なし)では+約15ppとプラス、3〜4回調達済みでは−約14〜24pp、5回以上では−約34ppへと符号が反転していく。効くのは情報が乏しい初回ラウンドに集中。マイナスは逆効果の証拠ではなく、追加シグナルの価値が小さくなることの表れ(相関であり因果ではない)

    4. なぜ初回ラウンドで効くのか

    なぜ、情報が乏しい初期の企業でこそ効くのか。決定的な証明はできないが、整合的な説明はある。

    スタートアップへの投資で、後から来る投資家がいちばん困るのは「この会社は本当に有望なのか」を判断する材料が少ないことだ。特に初回ラウンドの企業は、過去の調達実績もなければ、評価額の履歴もなく、他の投資家からの検証も受けていない。情報がほとんどない中で、後続の投資家は判断を迫られる。

    こういう状況では、「誰がこの会社に出資したか」が、数少ない手がかりになる。政府系の機関が関わるファンドが出資したという事実は、「一定の審査を通った会社らしい」という緩やかなシグナルとして働きうる。情報が乏しいからこそ、このシグナルの価値が相対的に高くなる。

    逆に、すでに3回も4回も調達してきた企業では、状況が違う。複数の独立した投資家からの検証がすでに積み上がっていて、会社の質はある程度見えている。ここに政府系の関与というシグナルが加わっても、付け加わる情報はもう多くない。シグナルの限界価値はゼロに近づき、場合によってはマイナスにすら見える。

    この「情報が乏しいときほどシグナルが効く」という読み方は、VC研究で長く論じられてきた 認証効果(certification) の考え方と整合する。ただし——ここは誠実に書いておきたい——本研究はこの機序を直接特定したわけではない。後続の投資家が実際にJICの関与を見て判断を変えているのかどうかは、データからは確認できない。社内のファンド運用方針の違いや、政府系ファンド特有の投資対象の偏り(より若い企業を狙う傾向)など、同じパターンを生む説明は他にもありうる。本研究が言えるのは「こういうパターンが観察された」ところまでで、その奥にある仕組みの特定は今後の課題である。

    5. 「どのVCを選ぶか」から「どのディールに届けるか」へ

    この結果を政策設計に引き寄せて読むなら、いくつかのヒントが見えてくる。

    ひとつは、配り方についてだ。効果が観察されたのは、情報が乏しい初回ラウンドという狭いセグメントだった。だとすれば、資本を広く薄くばらまくより、情報の乏しい初期セグメントに届く設計のほうが、効果を観察しやすい可能性がある。少なくとも本研究のデータでは、情報の乏しい初期の企業に資本が届く場面で、効果がより見えやすかった。

    もうひとつは、問いの立て方そのものだ。政府系の投資事業は、しばしば「いかに優秀なVCを選んで資本を託すか」という問いで設計されてきた。だがこの研究で効果が現れたのは、VC会社の実力差ではなく、どのファンドがどのディールを手がけるかという、もっと細かいレベルだった。だとすれば、「どのVCを選ぶか」と並んで、「そのお金が最終的にどのディールに届くか」を考える余地があるのかもしれない。

    最後に、少し視野を広げておきたい。冒頭で触れた、政府が「直接投資する」側を扱った前回の研究では、効果が最も強く出たのは Series B——プロダクトが市場に合い始め、本格的な拡大に入る段階だった。一方、今回の「お金を預ける」側では、効果が出たのは 初回ラウンドだった。

    政府の関わり方効果が出た段階
    直接投資する(GP)として共同投資Series B(拡大期)
    お金を預ける(LP)として出資初回ラウンド(情報が乏しい初期)

    同じ「政府のお金」でも、関わり方が違えば、効く場所も違う。これは「直接投資とLP出資、どちらが強いか」という優劣の問題ではない。それぞれが違う段階で、違う形で効く——そういう地図として読むのが正しい。政府がどの段階を後押ししたいかによって、選ぶべき関わり方も変わってくる。

    おわりに

    政府系の投資事業は、長いあいだ「良いVCを選ぶゲーム」として語られてきた。どのファンドに資本を託せば、最も良い成果が返ってくるか——と。

    JICのデータが映し出したのは、それとは少し違う風景だった。政府資本の価値は、誰かに資金を託した瞬間に決まるのではない。その資金が、民間の資本だけでは見落とされやすい場所——まだ誰からも本格的に検証されていない、情報の乏しい初期の企業——に届いたときに、初めて意味を持つのかもしれない。

    だとすれば、政府が見るべきは、選ぶ相手の看板ではなく、お金が流れ着く先の風景のほうなのだろう。

    詳細な分析、頑健性チェック、引用文献については、SSRNに公開した原論文 Government as GP or LP? (Nakatsuka, 2026) を参照されたい。

    References

    • 原論文: Nakatsuka, K. (2026). Government as GP or LP? Public Limited Partner Capital Reallocates Deals within VC Firms — Evidence from Japan’s JIC. SSRN. https://ssrn.com/abstract=6703339
    • データソース: PitchBook(2026年4月取得、deal-by-fund 単位)+ JIC 公表 LP register

    本ブログの関連記事

    関連先行研究

    • Brander, J. A., Du, Q., & Hellmann, T. (2015). The effects of government-sponsored venture capital: International evidence. Review of Finance, 19(2), 571–618.
    • Guerini, M., & Quas, A. (2016). Governmental venture capital in Europe: Screening and certification. Journal of Business Venturing, 31(2), 175–195.
    • Buzzacchi, L., Scellato, G., & Ughetto, E. (2013). The investment strategies of publicly sponsored venture capital funds. Journal of Banking & Finance, 37(3), 707–716.
    • Alperovych, Y., Manigart, S., Quas, A., & Standaert, T. (2024). Signaling the way: Governments as limited partners in venture capital funds. SSRN Electronic Journal.
    • Megginson, W. L., & Weiss, K. A. (1991). Venture capitalist certification in initial public offerings. The Journal of Finance, 46(3), 879–903.

    Disclaimer

    本稿は、Nakatsuka (2026) “Government as GP or LP?” (SSRN: 6703339) の紹介として、独立した個人研究の立場で執筆されたものである。原論文は PitchBook の公開ベースのディールデータおよび JIC が公表する LP register に基づく観察研究であり、特定のファンド・投資家・企業・案件の内部情報には一切依拠していない。

    原論文の Declaration of Interest に記載のとおり、筆者は B Capital Group に所属するが、本研究は Alpha Beyond Frontier の独立した学術的立場で行われたものであり、B Capital Group の見解・戦略・利益を反映しない。B Capital Group は JIC の LP 出資先ファンドではなく、JIC と financial relationship を持たない。筆者個人も、JIC、分析対象の GP、対照群の GP のいずれとも、個人的・金融的関係を持たない。

    本稿で示した結果は 観察データに基づく相関関係であり、因果関係を確定するものではない。本稿は投資助言・投資勧誘ではなく、特定の投資判断・投資戦略・政策を推奨または批判するものでもない。制度設計・政策議論・リサーチの前提として構造議論に寄与することを目的とし、具体的な意思決定は読者各位の独自判断によるべきものである。

    記載された見解はすべて運営者個人のものであり、いかなる組織の公式見解をも代表しない。

  • なぜ今、日本のセカンダリーは動き始めたのか——AIN・Kepple・Nstockが解こうとしている構造と、まだ市場にならない理由

    なぜ今、日本のセカンダリーは動き始めたのか——AIN・Kepple・Nstockが解こうとしている構造と、まだ市場にならない理由

    なぜ今、日本のセカンダリーは動き始めたのか——AIN・Kepple・Nstockが解こうとしている構造と、まだ市場にならない理由

    はじめに——「最終Exitまで待つしかない」構造に動きが出始めた

    日本のスタートアップは、IPOかM&Aに辿り着くまで、株を現金化しにくい構造を抱えてきた。IPOは小型上場への逆風が強まり、前稿で整理した通り、M&Aも米国のような厚い買い手層・大型買収の市場とはまだ距離がある。IPOやM&Aに辿り着くまでには5〜10年単位の時間がかかる。その結果、ファンドの満期を抱えるVC、ストックオプションを保有する創業者・社員、長期ロックアップを嫌がる機関投資家LP——それぞれに「最終Exitまで待つしかない」という資金循環の詰まりがあった。

    この詰まりを途中でほどく仕組みが、未上場株式のセカンダリー取引である。会社が新株を発行して資金調達する取引(プライマリー)とは違い、既存株主が持っている未上場株を別の投資家に売る取引を指す。

    そのセカンダリーが、2024〜2025年にかけて、専業プレイヤー・制度改正・公的資本の関与を伴う形で本格的に可視化され始めている。Kepple Capital、Nstock、Ant Innovations(AIN)——役割の異なる3つのプレイヤーが、それぞれ別の “層” の流動化ニーズに向き合っている。

    本稿の射程は4点。(1) なぜ今このタイミングなのか、(2) 3社が何を解こうとしているか、(3) それでもまだ何が足りないか、(4) これが機能すると何が変わるか——を、実務的な構造分析として読み解く。

    要するに、本稿の主張は3つである。

    • 第一に、日本のスタートアップは、IPO・M&Aまで株を現金化しにくい構造を抱えてきた
    • 第二に、Kepple・Nstock・AINは、それぞれVCファンド・従業員/関係者・スタートアップ本体および既存株主という異なる層の流動化ニーズに向き合っている
    • 第三に、ただし規模、価格発見、LPセカンダリー、資本政策の再構成が足りず、まだ「市場」と呼べる段階ではない

    1. なぜ今動き始めたのか——4つの圧力

    セカンダリーの必要性が同時に立ち上がってきたのは偶然ではない。VC・従業員・公的資本・投資家、4方向の圧力が重なっている。

    ① VC側の回収圧力——成熟ヴィンテージのDPI課題と資本効率の劣化

    スタートアップ投資が本格化した2014〜2017年前後のファンドが、いま満期前のリターン回収局面に入っている。LP(Limited Partner、ファンドに出資する機関投資家・事業会社)は過去の DPI——VCファンドが出資者にどれだけ現金を返せたかを示す指標——を参照して次ファンドへの追加コミットを判断する。IPO市場は従来型の小型上場への逆風が強まり、上場後に一定規模を維持できる成長ストーリーを示せる会社へと選別が進みつつある(東証グロース市場の時価総額中央値は2024年で約58億円、2025年で約102億円、EY Japan 2025年IPOレビュー)。Exit待ちで眠ったポートフォリオを抱えたままでは、次ファンドの組成は難しくなる。

    問題はIPO時価総額の小ささだけではない。「資本効率」——上場時時価総額を上場までの累計調達額で割った倍率——の劣化がより深刻だ。上場前累計調達額は2010年代を通じて数倍規模に拡大したとされる一方、IPO時価総額の中央値は東証グロース市場で長らく50〜100億円帯に滞留してきた——2024年は58億円、2025年は社数が約4割減る一方で102億円へ上昇している(EY Japan 2025年IPOレビュー)。ただし、これは小型IPOの選別・抑制による母集団変化の影響を含むと見るのが自然であり、個社の出口時価総額が構造的に上昇したとまではまだ言い切れない。調達額の累積拡大に出口時価総額が同水準では追随していない——この資本効率の悪化が、累積優先株の希薄化と相まってVCの実現倍率を構造的に圧迫してきた。

    その帰結は、ファンド・パフォーマンス、とりわけ成熟ヴィンテージの現金分配圧力に表れる。JVCA・Preqin「日本のプライベートエクイティ市場ベンチマーク」第7回(2024年版) によれば、2010〜2013年ヴィンテージは安定的にネットマルチプル2倍水準を達成し、2014年ヴィンテージでは DPI 1倍超えに到達している。一方、2015〜2020年ヴィンテージについては、同調査で「分配およびマークアップともにアップサイドは限定的」とされている(同調査の概要報告、ヴィンテージ別パフォーマンス分析。具体的な数値・図表はレポート本体に依拠する)。

    ただし、若いヴィンテージほどDPIが低く出ること自体は、ファンドライフサイクル上自然であり、それだけをもってパフォーマンス悪化とは言えない。ここで重要なのは、2014〜2017年前後に組成されたファンドが回収局面に入りつつある一方で、IPO・M&Aの出口容量が十分に厚くなっておらず、最終Exitだけに依存すると現金分配のタイミングを読みづらい点である。TVPI(投資先資産の含み益も含めた評価額)上の評価が残っていても、DPIとして現金化されるまでの時間が長引けば、次ファンド組成時の説明難度は上がる。

    つまり問題は、「新しいヴィンテージのDPIが低いこと」ではなく、「回収局面に入ったファンドが、最終ExitだけではDPIを作りにくい構造」にある。ここに、最終Exitを待たずに途中で一部を実現する経路——セカンダリーの必要性が立ち上がる。

    ② 従業員・関係者の流動化——採用競争上の経営インフラ化

    トップ層のエンジニア・PdMにとって、ストックオプションが流動化できない構造は、米国型シリコンバレー水準の機会と比べて明確な差がある。SaaS・AIスタートアップが世界水準の人材獲得競争に晒される中、従業員・関係者の流動化手段の有無は 採用と人材の定着を左右する経営インフラとしての色彩を強めている。2024年のストックオプション税制改正(権利行使限度額の引き上げ、社外専門人材への付与拡大)は、その需要に制度側から応えた格好だ。

    ③ 公的資本の関与強化——支援策から構造設計へ

    JICが2025年10月にKepple Liquidity 2号への30億円LP出資を決めたのは象徴的だ。スタートアップ育成5か年計画(2022〜2027年、10兆円規模)、FSA・METIのスタートアップ株式流動化議論——これらは個別の支援策というより、Exit構造そのものを設計対象に組み込もうとする動きとして読める。公的資本は単なる触媒ではなく、構造設計の一部として関与しつつある。

    ④ 投資家サイドの吸収需要

    買い手側にも合理性がある。レイター期スタートアップに資金供給したい投資家にとって、プライマリー(新株発行による資金調達)で十分な配分を得られない場合、セカンダリーは既存ラウンドのバリュエーションを参照しつつ、既存株主のExitと自らの参入機会を同時に組成できる手段になりうる。

    つまり、「VC側の回収圧力」「採用競争上の経営インフラ需要」「公的資本の構造設計関与」「投資家側の吸収需要」——4方向の圧力が同時に重なっているのが、今のタイミングである。

    図1: 「最終Exitまで待つしかない」構造 → 4方向の圧力 → セカンダリーが二極化の両側を担う器として立ち上がる

    2. セカンダリーが必要になる2つの場面——IPOまでの “中継ぎ” と、IPO以外の “代替出口”

    3社の役割を見る前に、ひとつ整理しておきたい。セカンダリーへの需要は、性質の異なる2つの場面から立ち上がる。

    1つは “中継ぎ”。最終的にはIPO(または大型M&A)を目指すが、そこに辿り着くまで5〜10年かかる間に、VCが回収を必要としたり、創業者・社員のストックオプション換金需要が生まれたりする場面である。既存株主の出口と、買い手側の参入機会を同時に作る。

    もう1つは “代替出口”。小型IPOのハードルが上がる中で、上場後に100億円以上の時価総額を維持できる成長ストーリーを示せる会社と、そこに届きにくい会社で、Exit設計が分かれていく可能性がある(東証グロース市場の維持基準見直しは2030年3月1日以後の事業年度末から適用、改善期間・計画開示による例外あり)。後者の会社にとって、株式買取と経営支配権の設計を組み合わせた buyout 的アプローチが、潜在的な選択肢の一つとして浮上している。

    セカンダリーは、この2つの場面を担う器として立ち上がりつつある。3社の役割分担は、それぞれが別のエンドユーザー(VC・従業員・スタートアップ本体)に対する別のニーズに応える形で現れている。

    Kepple Capital——ダイレクトセカンダリー専業

    Kepple Liquidity Fund は、2022年に設立された国内有数のダイレクトセカンダリー専業ファンドだ。1号は2024年5月に約100億円でファイナルクローズ2号は2025年10月に約61億円でファーストクローズした(うちJICから¥30億円のLP出資)。

    ターゲットは、ミドル〜レイターステージのスタートアップ既存株主から、未上場株を直接取得するダイレクトセカンダリー投資。VCファンドが満期を迎える前に保有株を売却する場面、レイター期のラウンドに合わせて、会社承認のもとで既存株主に売却機会を提供する流動化プログラム型の取引などが想定される(米国スタートアップ実務でいう “tender offer” 型に近い形式だが、ここでの “tender offer” は上場会社の公開買付け(TOB)ではなく、未上場会社における会社承認型の株式流動化プログラムを指す)。国内で先行する専門プレイヤーとして、VCのファンド寿命に対する出口を提供する位置づけだ。

    Nstock——従業員・関係者の流動化インフラを志向

    Nstock は、株式報酬 SaaS(ストックオプション管理プラットフォーム)を起点に、2024年9月に約¥30億円を第三者割当増資で調達している。その後、2025年5月には、SmartHRグループが保有するNstock株式のセカンダリー取引と第三者割当増資を組み合わせた約¥18億円規模の取引も成立している(Nstock 2025年5月13日発表)。

    従業員・関係者の未上場株式流動化では、一般に RoFR(先買権、既存株主が他に売る前に優先的に買える権利)、税務手続き、価格設定、会社承認などの事務・実務コストがボトルネックになる。Nstock は、株式報酬SaaSを起点に、こうした領域に近接するインフラを志向しているが、公表情報上、セカンダリー事業自体は準備段階にあり、金融事業者としての展開可能性については同社も慎重な表現をしている(Nstock 2025年5月発表)。本格的なプラットフォーム機能の実装は、今後の進捗を見る局面にある。

    Ant Innovations——セカンダリー × プライマリーの組み合わせ

    Ant Innovations(AIN)は、Ant Capital Partners の100%子会社として2025年11月に設立された(資本金30百万円、代表: 水本尚宏氏)。公表資料上、AINが明示しているのは、ベンチャーセカンダリーを基本に、案件に応じてプライマリー投資を組み合わせる設計と、事業会社からのカーブアウト支援である(Ant Capital Partners 2025年12月発表)。

    公表資料から見る限り、AINの設計は、既存株主の流動化と投資先への成長資金供給を同時に扱う点に特徴がある。これは、米国のレイター期スタートアップで見られる「既存株主向けの売却機会」と「会社への新規資金」を組み合わせる取引(実務上は “Tender + Primary” と呼ばれる類型)と近い論点を含んでいる。

    これが将来的に、IPOに届きにくい企業へのより深い関与や、buyout 的な再設計に広がっていくかは、今後の実績を見る必要がある。次節で触れるように、IPO非到達層への buyout 的設計は、日本のスタートアップ資本政策に内在する複数の制約と向き合うことを要求する領域だからである。

    図2: 3社の役割分担——Kepple(VCファンド層)、Nstock(従業員・関係者層)、AIN(スタートアップ本体・既存株主層)が解く別々のボトルネック

    3. それでも、まだ “市場” にはなっていない

    ここまでは前向きな話だった。だが厳しく見れば、重要なのは「3社が存在している」ことではなく、「まだ市場と呼べる段階にない」ことである。

    規模の壁

    日米のセカンダリーは、計測指標も発展段階も異なるため厳密な比較は難しいが、規模感には大きな差がある。未上場スタートアップ株式のプラットフォーム取引高ベースで見ると、米国では Forge Global が2024年通年で約13億ドル、Nasdaq Private Market が2024年上半期だけで約42億ドルの構造化セカンダリーを扱っている(Forge Global は2026年3月に Charles Schwab による買収が完了し、同社傘下に入った)。

    これに対し日本では、Kepple のようにファンド AUM(運用資産)と取引実績が見えるプレイヤー、Nstock のように事業会社としてインフラを志向するプレイヤー、AINのように新設された投資会社が並び始めた段階であり、米国のように年間取引高で市場規模を語れる段階にはまだ至っていない。立ち上がり段階の “象徴的な存在” であり、市場の厚みとは呼びにくい。

    価格発見メカニズムの薄さ

    米国では、409A評価(米国税法上の公正市場価値評価、ストックオプション付与時等の評価実務の基盤)、投資家による評価実務、セカンダリープラットフォーム上の取引データなどが重なり、未上場株の価格を参照する材料が日本より厚い。一方、日本ではセカンダリー取引が個別交渉に依存する比重が高く、横断的な価格参照軸はまだ薄い。これが整わない限り、取引コストが高止まりし、市場規模はある天井で頭打ちになる。

    LPセカンダリーの独立した市場の未形成

    3社が動いているのは、主にダイレクトセカンダリー(VCや既存株主からの直接持分取得)・従業員/関係者の流動化・セカンダリー+プライマリーの組み合わせだ。だが、LP(Limited Partner、ファンド出資者)が既存ファンド持分そのものを売却する独立した LPセカンダリー市場は、日本ではほぼ未形成である。これは、スタートアップ株式そのものを売る取引ではなく、VCファンドに出資しているLPが、自分のファンド持分を別の投資家に売る取引を指す。機関投資家LPがVCにコミットする際の「途中売却可能性」というオプション性を提供するもので、米欧では大きな市場を形成している。日本でこれが薄いままだと、ロックアップ嫌忌が解消せず、機関LPの本格参入は進みにくい。

    後期段階の大規模 secondary キャパシティの不足

    Series C 以降のラウンドサイズが拡大した場合、それに対応できるセカンダリー取引のキャパシティが、現状の3社規模では十分とは言えない。Kepple も2号がファーストクローズ段階、AINもまだ設立直後で実績はこれから。スケールアップ期のスタートアップが「セカンダリー経由でExitを設計する」前提で動けるレベルには、まだ至っていない

    資本政策の制約——優先株式の権利関係と支配権設計

    ここまでは規模・インフラ・LP層の論点だった。さらに踏み込むと、IPO非到達層に対する代替出口を本格化させるには、資本政策の制約と向き合う必要が出てくる。

    少なくとも2017年時点の Coral Capital の登記簿調査(シリーズA、107社)では、日本のシリーズA相当の優先株式において 「1倍参加型」が全体の約3/4を占めていた——米国(1倍非参加型が大宗)と大きく乖離する。足元の契約慣行には変化がある可能性はあるが、参加型優先株がM&A時の分配に与える影響は、IPO非到達層の代替出口を考えるうえでなお重要な論点である。

    参加型優先株は売却時に「優先分配 + 残余の按分」の両方を取れるため、複数ラウンドを積み重ねるほど累積優先回収権の総額が大きくなる。Coral Capital の解説(2019年)を踏まえると、たとえば2倍参加型優先株で2億円を調達した会社が2億円で売却された場合、優先分配額は4億円となり、買収対価2億円を上回る——その場合、実際の分配では買収対価の全額が優先株主側の優先分配に吸収され、創業者・普通株主の手元には残らない、という構造になる。ダウンサイドの Exit では、累積優先回収権が対価の大宗を吸収し、普通株主の取り分がほぼ残らないケースが構造的に起こりやすい。

    これを Exit 可能な形に再構成する方法は、買い手による支配権取得(マジョリティ取得 + tender offer + 経営者向けインセンティブ再設計)だけではない。実務的には、既存優先株主の同意による条件変更、優先株の一部放棄、リキャップ(資本構成の再編)、経営陣への新インセンティブ付与、普通株主向けの別建て対価、M&A契約上の調整——など、複数の手段がある。買い手による支配権取得や buyout 的な設計は、その選択肢の一つである。

    ただし、日本のVC実務には文化的な慣行がある。創業者が過半数の議決権、または少なくとも重要事項に影響を持てる水準の持分を維持することが、資本政策上望ましいと説明されることが多く、初回ラウンドのVC取得比率を15〜20%に抑える慣行とも整合する(坪井司法書士事務所、Coral Capital 法人設立ベストプラクティス等)。創業者から見ても、後続投資家から見ても、買い手側のマジョリティ取得は標準的な選択肢として位置づけられていない。

    したがって、IPO非到達層に対する代替出口を設計しようとすると、単なる株式買取にとどまらず、優先株の権利関係・普通株主のインセンティブ・経営支配権の設計を含む再構成が必要になる場合がある。この再構成のハードルは規模・インフラ・LPセカンダリーの3点とは性質が異なり、契約・実務・慣行の3層が同時に動く必要がある。

    3社は 市場形成の初期局面にある段階であり、本格的な市場形成には、規模・価格発見・LPセカンダリー・資本政策の再構成、それぞれの層で変化が積み重なっていく必要がある。

    なお、未上場株式のセカンダリー取引は、譲渡制限・株主間契約・先買権・会社承認・インサイダー情報管理・税務処理・金融商品取引業への該当性など、制度・実務上の制約を伴う領域である。2025年5月施行の金商法改正で一部の規制環境は変化したが、個別取引はいずれもこれらの制約を前提に設計される。

    4. これが機能すると何が変わるか——3つの因果チェーン

    §3で述べた壁——規模・価格発見・LPセカンダリー・資本政策の制約——が段階的に和らぎ、これらの動きが市場規模に育っていくと、Exit構造全体に波及する経路は3つある。

    チェーン①: VCファンド → ファンドサイズ天井の更新

    セカンダリーが成立する
    → VCが途中回収しやすくなる
    → DPIが改善する可能性がある
    → 次ファンドへのLPコミットが増えやすくなる
    → 前稿で整理した国内VCファンドサイズの中央値が上がる余地が生じる
    → レイター成長資金の供給能力が増す
    → IPOに依存しないスケールアップが視野に入る

    これは前回 なぜ日本はExitが弱いのか で論じた「LP構造アンカー → ファンドサイズ天井」の連鎖を、下流から逆方向に押し上げる経路だ。流動性軸の動きが、上流のLP構造の制約を緩める方向に作用しうる。ただし、セカンダリーによるDPI改善は、本来のIPO・M&Aによる売却と比べて持分を割安に手放す場合もあり、TVPIとのトレードオフは個別案件次第である。

    チェーン②: 従業員・関係者の流動化 → 人材循環

    権利行使後の株式を流動化しやすくなる
    → ストックオプション由来の経済価値が実現しやすくなる
    → トップ層人材が日本スタートアップを選択肢に入れやすくなる
    → 人材の定着が改善する余地が生まれる
    → Exit後の起業家・幹部の連続的な再挑戦が増えやすい
    → エコシステムの厚みが積み重なる

    これは “Exit構造” を超えて、人材循環という別の構造的ボトルネックに作用する経路である。米国エコシステムの厚みの源泉の一つは、Exit経験者が次のスタートアップを起こす連続性にあるが、日本ではここが薄かった。

    チェーン③: LPセカンダリー→ 機関LPの参入入口

    LPセカンダリーの市場ができる
    → 機関投資家LPに「途中売却可能性」が見えるようになる
    → ロックアップ嫌忌が緩む方向に作用する
    → 年金・基金がVC配分を検討しやすくなる
    → LP構造そのものに変化が生じる余地が出る

    3つのチェーンの中で、最も上流まで届く経路がこれだ。LPセカンダリーが機能すれば、これまで「動かない」と論じてきたLP構造アンカーに対する変化の余地が広がる。ただし機関LPのVC配分は、流動性以外にも、リスク管理体制・トラックレコード・規制・全体アロケーション方針に左右されるため、LPセカンダリー単独では決まらない。現状この市場は最も薄く、3社はここに直接タッチしていない。次に問うべきはここである

    おわりに——「立ち上がり始めた一角」をどう見るか

    これまでの記事で、日本のExitが小型化する構造(小型Exitの罠)、その背後の LP構造アンカー+4要因ロック、公的VCが Series B で信用補完として効くこと、そして起業家・エンジェルの再循環は選別が機能して初めて起きること——を順に論じてきた。いずれも、日本のスタートアップ資本市場の “下流” は構造的に薄いという認識を共有する論考だった。

    その下流に、いま “立ち上がり始めた一角” がある。Kepple、Nstock、AIN。それぞれの規模はまだ象徴的だが、4方向の圧力が重なった結果として動き始めている。

    ただし、市場としての成熟にはまだ距離がある。次の数年で問われるのは、(1) 公的支援が継続するか、(2) 価格発見の参照軸が整っていくか、(3) LPセカンダリーが立ち上がるか、そして (4) IPO非到達層に対する代替出口を支える資本政策の制約——優先株式の権利関係、創業者議決権をめぐる慣行、契約・実務の調整——が再構成されていくか——の4点だ。これらが段階的に進めば、これまでの記事で論じた一連の補完的改革(LP・買い手・流動性・起業家軸を束で動かす設計)における「流動性軸」の現実装として、機能する余地が広がってくる。

    現在地は「まだ市場ではないが、確実に動いている」——構造分析の立場から見れば、それ自体が日本のスタートアップ資本市場における重要な変曲点である。

    References

    国内プレイヤー

    米国セカンダリー市場(規模対比)

    制度的背景

    IPO・資本効率 / VCパフォーマンス(§1①)

    優先株式・資本政策(§3)

    関連記事

    Disclaimer

    本稿は、日本のスタートアップ・セカンダリー市場の現状に関する独立した分析であり、公開情報ベースの個人研究として執筆されたものである。記載された企業・ファンドの内部情報には一切依拠していない。

    本稿は投資助言・投資勧誘ではなく、特定の投資判断・投資戦略を推奨するものではない。制度設計・政策議論・リサーチの前提として構造議論に寄与することを目的とし、具体的な投資実務における意思決定は、読者各位の独自判断によるべきものである。

    なお、未上場株式およびファンド持分の取引は、流動性・価格算定・情報開示・譲渡制限・投資家適格性等に関する制約を伴う。本稿は、一般投資家による未上場株式・ファンド持分の取得または売却を促すものではない。

    また、本稿は法務・税務・会計上の助言を目的とするものではない。未上場株式、ストックオプション、ファンド持分の取引・設計にあたっては、個別事情に応じて弁護士、税理士、公認会計士その他専門家に確認されたい。

    記載された見解はすべて運営者個人のものであり、いかなる組織の公式見解をも代表しない。

  • 政府系VCはスタートアップのどの段階で効くのか——日韓星6,197件のディールが示す「成長段階の信用補完」

    政府系VCはスタートアップのどの段階で効くのか——日韓星6,197件のディールが示す「成長段階の信用補完」

    はじめに——「政府系VCって、本当に意味があるのか」

    「政府系ファンドって、本当に意味があるのか」 「結局、目立った Exit が出ていないじゃないか」

    VCやスタートアップ関係者の間で、よく耳にする問いだ。日本ではJIC、INCJ(現JIC)、DBJ Capital、韓国ではKVIC、シンガポールでは Temasek・SGInnovate・Seeds Capital と、政府系VC(GVC = Government Venture Capital)の存在感は確実に増している。だが、その効果を「Exit実績」で測ろうとすると、答えはどうしても歯切れが悪くなる。

    ところが、日本・韓国・シンガポール3カ国の 6,197件のディールデータ を分析すると、別の場所で——しかも意外な段階で——GVCが確かに効いていることが見えてくる。

    この記事は、筆者がSSRNに公開した研究 Growth-Stage Certification: Government Venture Capital Co-Investment and Follow-On Funding in Japan, Korea, and Singapore(2026年4月)の紹介である。前回の記事 なぜ日本はExitが弱いのか で「公的LPの積極化が起点になり得る」と述べた。今回はその延長として、「公的資本はどのステージで効くのか」をデータで読み解く。

    これまで分かっていたこと、そして”見えていなかった”こと

    GVCの効果は、20年以上にわたって研究されてきた。海外では、これくらいのことは概ね分かっている——というのが研究者の共通理解だ。整理すると、3点に集約できる。

    1つ目は「資金量」の話。GVCと民間VCが組んだシンジケートは、PVC単独の案件よりも資金を集めやすい——Brander et al. (2015) の国際比較が示したこの “additionality” は、いまやGVC研究の出発点と言ってよい。

    2つ目は「Exit成果」の話。ところが、GVCが関わった案件のIPOやM&Aへの到達率は、必ずしも高くない。むしろ低めに出ることもあり、その差も統計的に頑健でないことが多い(Cumming et al. 2017)。「公的VCは資金を集めるのは得意だが、出口を作るのは苦手」——欧州データはそう示してきた。

    3つ目は「制度設計」の話。同じ “GVC” でも、直接投資型なのか fund-of-funds 型なのか、セクターやステージの縛りはどう設計されているか——その違いで結果は大きく変わるとレビューされている(Colombo et al. 2016)。

    ここまでは「どこまで成果を出せるか」の議論だ。だが、その背後には暗黙のうちに共有されていた予測がもう一つあった——「GVCの認証効果(certification)はSeed段階で最も強く出るはずだ」 という、シグナリング理論からの予想である。情報の非対称性が最大なのはSeed段階。だから「政府が出資した」というシグナルもそこで最も強く効く——そう考えるのが理論的には自然だった。

    ところが、この予想は意外なほどきちんと検証されてこなかった。先行研究には、大きく3つの「埋まっていない穴」が残されていた。

    • ステージ別に見たらどうか——多くの研究は全ステージを束ねて見ており、Seedで本当に最強なのかを正面から検証したものは少ない
    • 米欧中以外のアジアではどうか——日本・韓国・シンガポールのように制度設計が多様な市場の、ディール単位のデータはほとんど分析されてこなかった
    • 集計ではなく一件ずつ見たら——多くの研究は国別・企業別の集計データに頼っており、ディール単位での投資家構成の違いを直接捉えてはいなかった

    この3つを同時に埋めて、「結局、公的VCはどのステージで効いているのか」を6,197件のディール単位で見直す——それが本研究の出発点だ。そして見えてきたのは、シグナリング理論が予想していた姿とは、かなり違うものだった。

    1. 何を調べたか

    分析の対象としたのは、日本・韓国・シンガポールに本社を置くスタートアップへの投資、合計6,197件(2010〜2025年、CB Insights データ)。投資家を「GVC(政府系VC、10社)」と「PVC(民間VC、主要45社)」に分け、GVCがシンジケートに加わった773件と、PVC単独の5,424件を比べた。

    知りたかったのはシンプルな問いだ——GVCが入った案件は、その後どうなるか。追ったのは3つの結果である。①次のラウンドが続いたか(follow-on)、②最終的にIPOやM&Aに至ったか(exit)、③次のラウンドが一段上のステージへ進んだか。

    見せかけの相関を排除するため、国・ステージ・年・産業ごとの違いはコントロールし、傾向スコアマッチングなど複数の手法で結果が頑健かどうかも確認した。

    2. 3つの数字で見える発見

    数字① Follow-on は確かに効く——+6.2pp

    GVCがシンジケートに参加した案件は、次のラウンドが続く確率がPVC単独に比べて+6.2ポイント高い。比較対象の平均が約67%なので、相対的には1割ほどfollow-onが出やすくなる、と読み替えてよい。

    そしてこの結果は、分析手法を変えても、見えないバイアスを想定したテストでも崩れなかった——かなり信頼できる発見だった。

    数字② Exit にはほぼ効かない——≒ 0

    ところが、IPO/M&Aへの到達確率には 統計的に有意な差はゼロ(−0.1pp、p=0.965)。GVCの参加は、資金調達が続くかどうかには効くが、最終的なliquidity event には直接結びついていない。

    これは「Exit実績で公的VCを測る」既存の評価フレームに対して、強い問題提起になる。GVCの貢献は Exit ではなく Follow-on continuity の方 に現れる、ということだ。

    数字③ Series B に集中——+13.8pp

    最も意外な発見はステージ別の分解である(Series Bは、プロダクトが市場にフィットし始め、本格的な拡大フェーズに入る段階)。

    ステージGVC参加の効果p値
    Seed+0.1 pp0.977
    Series A+2.8 pp0.436
    Series B+13.8 pp0.001

    Seed と Series A ではほぼゼロ。Series B だけが集中して効く。対照群(PVC単独)のSeries Bでのfollow-on率が60%台後半なので、相対的には約20%の上振れになる。

    つまり——「一番効くはずだったSeedでは効かず、一番効くと思われていなかったSeries Bで効いている」。シグナリング理論の予想を、データが真っ向から覆した形だ。

    図1: 予想 vs データ——GVC certification はどこで効くか(Prediction → Evidence → Interpretation)

    3. なぜ Series B か——「信用補完」としてのGVC

    ここがこの研究で最も非自明な点だ。シグナリング理論の通説は、「情報非対称性が最大なSeed段階こそ certification(品質保証)が最も効く」と予測する。だが、データは逆を示した。なぜか。3つのメカニズムが整合する。

    情報の濃度が違う

    Seed段階では、企業について観察できる情報がそもそも少ない。誰が出資していようが、その情報の重みは薄い。「政府系VCが出資した」という事実だけでは、後続投資家の判断を動かすほどのシグナルにならない。

    Series B段階になると話が変わる。traction metrics、収益のトラジェクトリ、顧客基盤——具体的な検証材料が揃ってくる。ここに「政府が一定の審査プロセスを通したという事実」が乗ると、後続投資家の screening cost を下げる効果が出る。これが「信用補完」(=この会社は一定の審査を通っているという “お墨付き” の役割)である。

    賭け金が違う

    Series B のラウンドサイズは Seed/A よりはるかに大きい。後続投資家にとって判断ミスのコストが高くなる段階だ。だからこそ、追加の確認シグナルの価値が高まる。「政府系がvettingしている」という情報は、賭け金が大きい場面でこそ意味を持つ。

    ダウンサイド・プロテクションへの示唆

    これは投機的な解釈だが、GVCの参加は「政府が市場混乱時に follow-on で支援する可能性が高い」というダウンサイド保護の含意も伴う。Series B という「ここから本格的にスケールアップに賭けるか」という意思決定の局面で、こうした暗黙の安心材料は実利的に効く。

    つまり、シグナリング理論を否定するというより、シグナルが効くには情報の下地が必要ということだ。Seedでは下地が薄く、Series Bでは揃う——そのコントラストが、Series Bの一点集中として現れている。

    4. 国別の違いから見える「制度設計」

    国別に見ると、効果には大きな差がある。

    GVC参加の効果(全ステージ)p値
    シンガポール+9.3 pp0.052
    日本+4.3 pp0.167
    韓国-5.1 pp0.451

    シンガポールが最も強い。Seeds Capital、SGInnovate、Temasek/EDBIなどが早期段階で日常的にPVCと共同投資する規範が確立しており、ディール単位でのシグナリングが機能していることが効いている。

    一方、日本は中位(銀行系・事業会社系の資本プールが厚い環境では、公的セクター参加の信号が相対的に薄まりやすい)、韓国は統計的に有意でない(KVICがfund-of-funds型主体で、ディール単位の共同投資シグナルにはなりにくい)。

    ただし、Series Bだけで見ると 3カ国すべてで正の効果(日本+14.5pp、韓国+19.1pp、シンガポール+25.9pp)が出ている。シンガポール特殊論ではなく、「成長段階で効く」のは構造的なパターンとして読めるということだ。

    これが示すのは、同じ「政府系VC」でも 制度設計次第で効果は大きく変わる ということ。直接投資型なのか fund-of-funds 型なのか、共同投資の常態化が進んでいるか、政治的独立性は保たれているか——こうした institutional design が GVC の effectiveness を条件づけている。

    5. 政策含意——3つの示唆

    データから読み取れる政策含意は、3つある。

    ① Exit中心の評価では公的VCの価値を取り逃す

    GVCはIPO/M&Aへの到達確率には差を生んでいない。だが、Follow-on continuity には明確に効いている。Exit実績だけで公的VCの成果を測ると、その本来の貢献が見えない。評価指標として Follow-on funding の継続性を加える設計が必要だろう。

    ② Seed集中は再考の余地がある

    通説では「Seedにこそ公的資本を厚く配分すべき」とされる。だが certification としての価値が立つのは Series B である。Seed投資には市場創出・技術プッシュ・エコシステム形成といった別の正当性があるが、「certification 効果を最大化する」という観点で見ると、Seed偏重の配分は最適ではない可能性がある

    ③ 制度環境は前提条件であって副産物ではない

    国別の差が示すのは、GVCが機能するかどうかは「投資をするかどうか」より「どう投資するか」の institutional architecture に依存するという事実だ。投資プロセスの透明性、政治的独立性、vetting の信頼性——これらは GVC プログラムの “前提条件” として整備すべきものであって、後から付いてくる副産物ではない。

    新規にGVCプログラムを設計する政府は、資本投入の前にこの institutional foundation への投資を考える必要がある。

    役割別に見たときの示唆

    政策論を離れて、実務目線で何が変わるかも整理しておきたい。

    • VC: Series Bで自社案件にGVCを共同投資家として入れる判断は、後続資金の確度を上げる「共同投資シグナル」設計の問題になる
    • スタートアップ: Series Bで誰を投資家リストに加えるかは、その後の資金調達の継続性を左右する戦略的判断だ
    • 事業会社・CVC: GVCがすでに入っている案件は、後追い投資のリスクが相対的に低い可能性があり、選別の参考指標になり得る

    共通するのは、「Series B段階での投資家構成は、想像以上に下流の資金調達を左右する」ということだ。

    6. 限界と今後

    重要な留保が一つある。この研究はあくまで観察データに基づく分析であり、得られたのは「相関」であって「因果」ではない。GVCは案件をランダムに選んでいるわけではなく、その選択バイアスを完全には取り除けていない。

    ただし注目すべきは、データが示す方向性だ。「政府は美味しい案件を cherry-picking している(だから当然 follow-on も付きやすい)」という、よくある説明とは、結果が整合しない。むしろ「政府は民間投資家が手を出しにくい案件にも入っている」という、逆方向の選択バイアスと読む方が辻褄が合う。これはGVCが見栄えの良い案件に乗っかっているのではなく、本当に何か別の機能を果たしている、という解釈を支える。

    より厳密な因果分析には、さらに踏み込んだ研究設計が必要になる。論文では今後の方向として、2つの自然実験を提案している——日本のINCJ→JIC再編(2018年)を使った差分の差分法、韓国KVICのファンド選定の閾値前後を使った回帰不連続デザイン。いずれも追加データの収集が前提だが、データは “そこにある”——あとは設計の問題だ。

    おわりに——量より「どこで」

    前回の記事で、日本のExit構造を支える起点として 公的LPがすでに動き始めている ことに触れた(なぜ日本はExitが弱いのか)。今回のデータが示唆するのは、その積極化が成果につながるかどうかは、量を増やすだけでなく「どのステージで・どのような institutional design で効かせるか」 を意識した設計次第だ、という点だ。

    公的VCは早期段階の触媒というより、成長段階の信用補完として機能する——これがデータの示す姿である。とすれば、評価指標も配分戦略も、この姿に合わせて見直す必要がある。

    詳細な分析、ロバストネスチェック、引用文献については、SSRNに公開した原論文 Growth-Stage Certification (Nakatsuka, 2026) を参照されたい。

    References

    • 原論文: Nakatsuka, K. (2026). Growth-Stage Certification: Government Venture Capital Co-Investment and Follow-On Funding in Japan, Korea, and Singapore. SSRN. https://ssrn.com/abstract=6542100
    • データソース: CB Insights (2010–2025、6,197 deal-level observations)

    関連先行研究

    • Brander, J. A., Du, Q., & Hellmann, T. (2015). The effects of government-sponsored venture capital: International evidence. Review of Finance, 19(2), 571–618.
    • Cumming, D. J., Grilli, L., & Murtinu, S. (2017). Governmental and independent venture capital investments in Europe. Journal of Corporate Finance, 42, 439–461.
    • Colombo, M. G., Cumming, D. J., & Vismara, S. (2016). Governmental venture capital for innovative young firms. The Journal of Technology Transfer, 41(1), 10–24.
    • Lerner, J. (1999). The government as venture capitalist: The long-run impact of the SBIR program. The Journal of Business, 72(3), 285–318.
    • Berger, M., Dechezleprêtre, A., & Fadic, M. (2024). The impact of government venture capital on startup performance and the venture capital market. OECD Science, Technology and Industry Working Papers.
    • OECD (2025). Benchmarking government support for venture capital: A comparative analysis. OECD SME and Entrepreneurship Papers, No. 71.
    • Oster, E. (2019). Unobservable selection and coefficient stability: Theory and evidence. Journal of Business & Economic Statistics, 37(2), 187–204.

    Disclaimer

    本稿は、Nakatsuka (2026) “Growth-Stage Certification” (SSRN: 6542100) の紹介として、独立した個人研究の立場で執筆されたものである。原論文は CB Insights の公開ベースのディールデータに基づく観察研究であり、特定のファンド・投資家・企業・案件の内部情報には一切依拠していない。

    本稿は投資助言・投資勧誘ではなく、特定の投資判断・投資戦略を推奨するものではない。制度設計・政策議論・リサーチの前提として構造議論に寄与することを目的とし、具体的な投資実務における意思決定は、読者各位の独自判断によるべきものである。

    記載された見解はすべて運営者個人のものであり、いかなる組織の公式見解をも代表しない。